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儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:シュガー・ラッシュ


映画『シュガー・ラッシュ』予告編 - YouTube

 ※今回は酷評です(ネタバレ全開でいきます。ネタバレを伏字にすると、文章が穴だらけになってしまうので)

 

 

あぁ、どうしたもんかなぁ…」というのが、僕の感想でしょうか。正直に言います。

泣きましたよ。えぇ、ラルフがあの行動を取るところでは泣きました。泣いたんですけれど……これはどうなんでしょうか。本当にこれで満足したと言い切っていいものなんでしょうか。たとえば、僕があのシーンで泣いたのは先に「アイアン・ジャイアント」を見ていて、それを連想したからという理由が大きいです。そんな感じで、なんというか、この映画、感動のポイントや重要な場面の描き方が、あまりにも今までの様々な映画に「ありがちな場面」のトレースすぎて、なんというか、えーっとえーっと……

 

 

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(引用:藤異秀明真・女神転生デビルチルドレン」第3巻)

 

 (※ここからマジでネタバレ全開です)

 

 

これ、一本の映画として話がガタガタじゃないですか…?

とあるゲームの中に、不具合としてイジメられていたキャラクターがいて、彼女は レースに参加できないかわいそうな女の子だったんですが、実は、その国の王様が、彼女が優勝してしまうとゲーム世界が崩壊してしまう危機があるかもしれないため、彼女をあえて気遣ってレースに参加させないようにしていたのでした。が、それは全部嘘でした。って、こんなプロット、どうなんですか? 僕はちょっとこれはないよなぁと思ってしまいました。

おそらく、このオチは「お姫様が呪われてしまい、悪い人に乗っ取られてしまった国を、勇者がやってきて呪いをとき、国を正す」というディズニーの――というよりもヒロイックファンタジーの基本的なプロットを取り込んだ上での結果だと思うのですが、そもそも、それをこの映画の筋書きに取り込む意味がさっぱり分かりません。というより、僕はそれを取り込むのは逆効果だと思います。なぜなら「ヒーローにならなくてもいい」というラルフの決断こそが、この映画のテーマであるはずなのに、上記のプロットは「主人公が国のヒーローになるオチ」にしかなりようがないプロットであるからです。実際、冷静に考えてみるとラルフはなんだかんだで一つの世界を救ったヒーローになってしまっています。ただ、そこをごまかすように、あの世界の人たちがラルフに感謝する場面をしれーっと省いているのでそこがあまり気にならないというだけの話で。

それに、この映画が雑なのはそこだけじゃないです。たとえば、サイ・バグの脅威、全部女隊長が口で説明しているだけで具体的に、どこがどう恐ろしいのかさっぱり分かりませんでした。HEROSDUTY内で、一人くらい歩兵が食われる描写でもあればまだ少しは恐ろしく感じたのかもしれませんが、それすらないから本当にサイ・バグにどんな害があるのか、映画を最後まで見てもよく分からないんです。

それに、クライマックスの、ターボがサイバグと融合してやばい姿になっちゃっているあの姿、普通の映画なら、もうちょっと丁寧に見せると思うんですが。たとえば、最初は見た目普通のターボがあそこに立っていて、そこから体がぐにゃぐにゃ歪んで(子供向けなので、歪むところはなるべくカメラに見きれるようにしたり、影にしたりします)あの形態になるとか、そういう展開にしたりするべきだったのではないでしょうか。それくらいの恐ろしさを見せつける場面がないと。それがないから、ラスボスなのに、すっごく弱い印象で終わっちゃってるじゃないですか、ターボ最終形態。(っていうか、あの展開はバイオハザードっぽいのに、なぜあそこをバイオっぽく魅せなかったんでしょうか。ゲームが題材ならそこでそういうゲームネタを巧みに使って落としてこそ、でしょう。なんのために作った映画だったんですか)

あと、フェリックスと女軍曹(カルホーン)の恋愛描写って、この映画にとってなんか意味あったんでしょうか。あれがないと、映画全体が退屈になってしまうというわけでもありませんし、ちょっと僕にはよく分かりませんでした。むしろ、あれは「恋愛要素入れろって言われたから」とか、そういう理由だけでやっていたんじゃないかとすら思いました。二人の恋愛模様も別段面白くなかったですし、というか、普通、フェリックス側でああいう話を展開させるのはカルホーンとの恋愛で成長するフェリックスっていう話を描くためにやるのでは…? つまり、この映画はラルフの成長譚であるけれど、悪役に気を使っていなかったフェリックスの贖罪の話も裏で進めるんですよ。というよりですね、今までのラセターはそういうことやってたじゃないですか。

それに、そもそもこの「シュガー・ラッシュ」の企画自体にもツッコミを入れたいのです。今回映画に出てこなかった、おそらく世界のゲーム史上で最も有名な主人公である、マリオはそもそも「ドンキーコングが主役のゲーム『ドンキーコング』から派生したスピンオフキャラクター」だし、もっといえば「ドンキーコングJR.ではマリオは悪役だった」し、「初出の『ドンキーコング』の時点では、名前が決まっていない脇役だった」わけで、そういうことを考えると、シュガー・ラッシュで語られるゲーム観って、ものすごくゲームのことを好き、というわけじゃない人たちが、ステレオタイプで作ったゲーム観のような気がするのですが気のせいでしょうか…?

この映画の好きなシーン。

・クライマックス、ラルフが左手を突き出しながら落ちていく場面。

 ここがなければ僕は泣くことすらなく、もっと酷評していたでしょう。ここのおかげで、この映画はどうにか体裁を保っていると思います。

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