儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

変則映画レビュー:5つ数えれば君の夢とLive forever


5つ数えれば君の夢 2014 映画の予告編 - YouTube

※ネタバレ全開です。

 

 

 

 

5つ数えれば君の夢。山戸結希監督の初の商業作となった本作は、パフォーマンスグループ・東京女子流を主演に迎え、小規模ながらも好評を得て公開されています。

自分も噂を聞きつけて(だいぶ遅れた形ではあるが)鑑賞しました。そこまで、自分としては強い感動のようなものは覚えませんでしたが、映画の出来には、おおむね好感を持っています。

映画の出来からしても、相当熱い支持者たちが居ることは間違いなく、各所で語りぐさになっていることも間違いないでしょう。

今回は、その語りぐさになっている今作品を、他の人が絶対にやらない切り口から、普段とは違う文体で、レビューをしていきたいと思います。

――――――

 

まず、僕はこの映画を見て、なによりも最初に強く、この曲を連想した。

OASISLive foreverである。


Oasis - Live Forever (Official Video - US Version ...

一説によれば、「死にたい」という歌ばかりを歌っているカート・コバーンに対し、ノエル・ギャラガーが反発して「Live forever(永遠に生きるんだ)」と歌ったとされている、この曲を強く連想していた。

もちろん、ただ、なんとなく連想したわけではない。

この曲の冒頭の歌詞に着目すれば自分が連想した理由はだいたい察しがつく。

Live forever」の冒頭は、こういった歌詞から始まるのだ。

〈Maybe I don't really want to a know,

 How your garden grows,

 As I just want to a fly,〉

大雑把な和訳になるが、ここの歌詞の意味は大体こんな感じだ。

〈たぶん、俺は知りたくないんだ

 君の庭の様子とか

 俺は飛びたいからね〉

とても単純な話、この歌詞は劇中のさく*1及び、りこ*2の関係をりこ視点からそのまま表しているかのように読むことができる。〈Maybe I don't really want to a know,How your garden grows〉は、まさにりこが思っている、園芸部のさくへの気持ちそのままであるし、それに対し、文字通り劇中で飛んでしまう、りこの気持ちは〈 I just want to a fly〉である。実際、劇中でも、飛びたがっているりこの『衝動』と、飛ばずに過ごそうとしているさくの『庭』は対比して語られていた。

Live foreverにおける〈Garden〉は、”その人が心の中に持っている、侵されたくない領分”のような意味合いが込められていることが、文脈から察することができる。さくの園芸部として作り上げていた『庭』も同じようなものだといえる。さくの『庭』は、さく自身を内省的に表したものだろう。

そして、そこにズカズカと飛びたいがために踏み込んでいってしまうのが、りこだった。彼女は一番初めに、さくの『庭』に飾られた花を自分に譲るよう要求する。まさに〈君の庭の様子なんて知りたくない〉と言わんばかりの態度だ。

もちろん、りこが、劇中でさくに対してこのような態度を取ったのには、きちんと理由がある。その理由もまたLive foreverの歌詞と呼応しているのが面白い。

Maybe I just want to fly,

 I want to live, I don't want to die,

 Maybe I just want to breath,

 Maybe I just don't believe,

 Maybe you're the same as me,

 We see things they'll never see,

 You and I are gonna live forever

これはLive foreverのサビに当たるフレーズだ。これまた大雑把に訳すと、

〈たぶん俺は飛びたいんだ

 生きたいし、死にたくない

 たぶん息がしたいんだ

 たぶん信じられないんだ

 たぶんお前は俺と同じなんだ

 俺達はあいつらが絶対に見えないものを見てる

 俺とお前は永遠に生きていくんだ〉

といった具合になる。

りこはさくのことを「自分と同じものを感じている人」と見做していた。同じ美しさを感じることができる人として、さくに近づいていった。まさに〈We see things they'll never see〉で、自分とさくは結ばれていると感じていたのだ。だからこそ、内省的なところである『庭』で――もっと言ってしまえば女子校で――留まっているさくを、外へ出そうとし、りこはさくの『庭』に興味があるのではなく、さくが感じている『美しさ』に興味があることを、何度もさくに言い聞かせる。

それはさくを自分と同じように永遠に生きさせるためだ。

永遠に生きていく、というのも、この「Live forever」の歌詞上ではどちらかというと「芸術家の表現が生きていくこと」の比喩として、永遠に生きていくと述べているように解釈できる側面がある。どうにも、ノエルは、カートに対し「お前が死んだとしても、お前の表現は生きていくから、お前は永遠に生きていくんだよ」と意地悪く言っているようなのだ。

劇中の、りこの行動は、さくを「そういった意味で」永遠に生きさせようとしていたようにも取れた。「永遠に生きさせる」という表現が誤解を生んでしまいそうなので、少し言葉を言い換えると「永遠に生きる」ということは「(永遠に生きれるくらい)絶対的な存在になる」ということだ。

閉鎖的な女子校という中で、外をまったく知らずに育っている、劇中の登場人物たちは、みんなどこか「意思がふわふわとした」状態で存在していた。しかし、りこだけはその中にあって〈see things they'll never see〉であり、「絶対的な存在」であった。

この「絶対的な存在」の物語は、「5つ数えれば君の夢」全体を覆うテーマでもある。ピアノの才能がない都*3は、絶対的な存在になることはできない。だからこそ、代理的に宇佐美*4を絶対的な存在にさせようと固執していた。また委員長*5は、自分の兄という絶対的な存在と同じ存在にどうにかしてなろうとする。

 

そして、りことさくの物語は、りこが、さくにも絶対的な存在になってほしいと願い、それを叶えることが出来なかった物語だった。

*1:演:渡邊未夢

*2:演:新井ひとみ

*3:演:小西彩乃

*4:演:庄司芽生

*5:演:中江友梨

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