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儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

雑記:僕はディズニーが大好きなのだが、どうにも、僕の見ているディズニーと世の中が見ているディズニーが違いすぎる。

 僕はディズニー作品というものがかなり好きな人です。それも「空軍力の勝利」や、「White Wilderness」などのディズニーの黒歴史まで知っている上で、それでもやっぱりディズニータマラナイという人間です。
 と、こういうと「君は男なのに、お姫様が出てくるアニメが好きなの?」と言われてしまうのですが、僕はお姫様が出てくるアニメはそんなに好きではないのです。僕からすればディズニーといえば、「ロケッティア」「OZ」「コルドロン」「ビアンカの大冒険 ゴールデン・イーグルを救え」「ガーゴイルズ」など、実写やアニメ映画、TVシリーズの傑作を製作/制作した会社であり、それと同時に子ども向けといいいつつ、頭のおかしい映像を見せるのが得意な、かなりキてる映画会社というものであり、そこが好きなのですが、世の中から言わせるとこのディズニー像はかなり特殊に見えているらしいのです。「ほんわかした、子ども向け、毎回、プリンセスとか王国とかが出てくる映画」がディズニーだというのです。

 確かに、世の中のそういう見方があるのは分かります。事実として、ディズニーはプリンセスが出てくる物語ばっかり作っていた時期もありましたから。そして、僕のディズニーに対する視線が(特に頭のおかしい映像を~という部分に関しては)かなり一方的なバイアスの掛かったものであるとも思っています。
 でも、僕の見方の全てが間違っているようにも思いません。
 特に「お姫様が出てくるのは、古い伝統的なディズニーアニメーションである」という見方は、おかしいと思うのです。

 

 そもそも、僕はディズニーが、いわゆるディズニープリンセスの物語を、古くから伝統的に作っていたようにはあまり思えません。確かに、ディズニーの最初の長編は「白雪姫」でしょう。ですが、その後の作品はどうでしょうか。白雪姫の次は「ピノキオ」「ファンタジア」「ダンボ」「バンビ」……どれもプリンセスストーリーではありません。それどころか、お姫様というキャラクターが出てくることや、「物語の舞台がどこかの王国」ということさえない作品ばかりです。「白雪姫」から、その後の「シンデレラ」に至るまでの23年間、実はディズニーにお姫様は出てきていません。
 よく初期のいわゆる”古いディズニー”にプリンセスストーリーがあった”代表例”として「白雪姫」「シンデレラ」「眠れる森の美女」の三つが挙げられることがありますが、これ、逆なんです。

 

 実は、古いディズニーでお姫様が出てくる物語は「白雪姫」「シンデレラ」「眠れる森の美女」くらいしかないんです。

 

 もちろん、この三作のプリンセスストーリーがディズニー史において重要ではないもの、あるいはそれゆえに問題のないもの、とは言いません。ディズニーがこの三作のお姫様の物語をつくった結果、それがだいぶヒットした・売れたのも事実ですし、きっと今日、巷で言われているようなフェミニズム的な問題もあるのだと思います。ですが、それでも、そもそも、本当の古いディズニーはお姫様をつくることを主眼にしていなかったように思います。実際、昔のディズニーで目立つのは「擬人化された動物が活躍するアニメーション」と「オムニバス形式のアニメーション」です。
 むしろ、ディズニーがお姫様をやたら作品に登場させるようになったのは、ジェフリー・カッツェンバーグが製作に関わってからなのです。
 ウィキペディアの作品一覧を見てみましょう。

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC%E4%BD%9C%E5%93%81

 

 カッツェンバーグ以前のディズニー作品で、先に出した三作品以外で、お姫様が出てくる作品は「ロビンフッド」「コルドロン」のみです。*1また「全然、お姫様でもなんでもないけど、パプリックイメージとしてプリンセス扱いになりそう」という作品として「ふしぎの国のアリス」がありますが、それを無理くり、勘定に入れてもペースが遅いです。目立って、多く生み出している時期を拾い上げても「シンデレラ」から「眠れる森の美女」までの間が目立つかなという程度。

 ですが、カッツェンバーグが関わったリトルマーメイド以降を見てみるとどうでしょう?ディズニーは信じられないペースでお姫様を物語に出し始めていることが分かります。「リトルマーメイド」「美女と野獣」「アラジン」「ポカホンタス」……カッツェンバーグはディズニーに関わったわずかな期間にプリンセスを次々生み出しています。しかも、全員、現在では公式のディズニープリンセスです。(ロビンフッドのマリアンとコルドロンのエロウィー姫、ふしぎの国のアリスのアリスは、公式にはディズニープリンセスではありません)
 そして、カッツェンバーグが去った後、ディズニーは物語にお姫様を出すペースが遅くなっていきます。はっきりとお姫様であるキャラクターが出てくるのは「ムーラン」「アトランティス 失われた帝国」くらいしかありません。

 

 ディズニーを立て直した立役者として知られているジェフリー・カッツェンバーグですが、正直、僕はこうした理由から彼が好きではありません。

 もちろん、カッツェンバーグが関わっているディズニーでも、僕が冒頭で挙げた「ビアンカの大冒険 ゴールデンイーグルを救え」などはお姫様が出てこない、もっというと、女の子向けどころか、男の子向けに作られた傑作です。そういうものを作ったりしていることも知っていますが、やはり、カッツェンバーグが「商売のために」とやってしまった欺瞞のほうが大きすぎて、僕は彼を決して好きにはなれません。

 

 話がそれましたが、ここまでまとめれば分かっていただけますでしょう。世の中が言っているディズニーとは「カッツェンバーグがいた時期のディズニーと白雪姫とシンデレラと眠れる森の美女」なのです。ですが、それは僕からすると、ものすごくディズニー作品を「偏って切り取って見ている」ように感じます。ようするに、ディズニーに対する、とんでもない偏見があるのではないかと思うのです。

 もちろん、こういった世の中からの偏った見られ方には仕方のない面もあります。
 ディズニー自身が、やたらめったら、ディズニープリンセスばかりを強調しまくり、それ以外の過去の傑作たちにほぼ触れようとしない状況であれば、世の中が勘違いするのも当然のことでしょう。ある意味で、誤解している人たちは悪しきディズニーの被害者ともいえます。だからこそ、僕が誤解を解くために言います。

 それはディズニーのあくまで一部分でしかありません。

 プリンセスを出すことは、古いディズニーの伝統でもなんでもありません。少なくとも、そこに僕が「好きだ」と思ったディズニーは存在していないのです。

 

終わり

*1:余談ですが、このコルドロン、ものすごく作品の知名度が低いので知られていませんが、ディズニー作品史上で初めて、既存のプリンセス像を破壊する、フェミニズム的なお姫様を提示したのはこの作品です。この作品に出てくるエロウィー姫は、活発で、かなり自立心の高いお姫様として描かれています。そして、なにより劇中、主人公のターランから「女の子のくせに!」と言われて「"女の子"ですって?」と怒るシーンまであったりします。

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