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儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:水の声を聞く


映画『水の声を聞く』予告編 - YouTube

 

恒例の手短な感想から。

変わり種のすごい映画みたいなら、これを見やがれ!

といったところでしょうか。

 

 かなり変わり種の、だけれども、とても素晴らしい作品でした。主人公は、新興宗教「真教・神の水」で教祖様として祭り上げられている女の子で、彼女がいかに新興宗教内で葛藤しながら、活躍しているかを描いている――というだけでも、相当珍しい話だと思います。

 しかも、この映画は微妙にセミドキュメンタリーな面が存在しています。撮影の一部に、本物の祈祷師の祈祷している映像が混ぜられていますし、なおかつ、それ以外の撮影でも「おそらく、これはゲリラ撮影かなにかをしてこの場面を撮っているはずだ」と思われるシーンがいくつも存在しています。つまり、演技している役者や物語に登場する登場人物たち等は”作られたもの”なのですが、その、作られたものの、背景にある、街の様子等は冗談抜きで”本当の街並み”と”普通の通行人”を使用しているようなのです。

 最近は、なかなか、この手法で撮っている映画も見かけなくなりましたが、この映画は今でもそれを使っているようなのです。

 これだけでも、十分特殊ですが、なによりもこの映画が特殊なのは、物語の本筋である「新興宗教」。その内部を描く独特の視点でしょう。新興宗教を、ものすごく悪いものとして描いているわけでもない、が、確実にこれは良いこととも思えない、というその独特のバランスで描いているところです。

 このバランスこそが、「本当にこんな新興宗教が存在してそうだ」と思える異様な説得力が生まれている原因でしょう。*1

 その説得力ある、舞台の上で繰り広げられるのは、とても複雑な人間模様です。この、人間模様がまた素晴らしく絶妙なバランスで出来上がっています。物語にとって無駄な登場人物が一人も存在していないのです。どんな細かい脇役であっても、です。そして、どの登場人物も非常に個性豊かに描かれています。新興宗教が舞台ということもあってか、描かれる登場人物たちは、様々な事情を抱えていますし、様々な欠点を持っています。そして、それを登場人物たちは、誰もがひた隠しにしてるのです。

 はっきり言いますが、この映画にはほとんど「まとも」である登場人物はいないと思います。ただ、まともな登場人物は一人もいませんが、その代わり、本当にどうしようもないほど悪いやつだ、と思える人間もあんまりいないのです。(一人、ものすごく悪いやつもいることはいるんですが…)

 どの登場人物も、微妙にズルくて、微妙に優しい面を持ち、微妙に流されやすくて、微妙に卑怯で、微妙に良いやつなのです。この微妙さ加減が、素晴らしいのです。

 だからこそ、新興宗教の物語でありながら、新興宗教をあまり良く思っていない自分でさえ、気付いた時には、主人公や登場人物たちに強く感情移入していて「この新興宗教が願わくば上手くいけばいいのに」と願ってしまう瞬間すらあるのです。

 そういう意味で言えば、この映画は、ある意味で映画を見ている人に「新興宗教を疑似体験させようとしている映画」とも言えるでしょう。そして「都市の闇を疑似体験させる映画」とも言えます。まだまだ、不況を完全に脱しきれていない日本です。こういった闇はきっと、都市に住まう人の身の回りに転がっているはずです。そこを疑似体験させられてしまう映画でもあると思います。

 少なくとも僕は、鑑賞後、渋谷の街並みが、まったく違う街並みに見えました。*2

*1:もちろん、それ以外に、細かい新興宗教内部の業務をかなり具体的に描いているところなどにも、この作品の異様なリアリティを生み出している原因はあると思いますが…

*2:渋谷の街並みが、と言っているのは、本作は、シネマインパクトという企画の中で作られた映画であり、オーディトリウム渋谷のみの上映となっているので、必然的に渋谷でしか見れないためです

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