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儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画レビュー:王将

映画レビュー 好評・絶賛評

  

王将 [DVD]

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 時は明治。将棋界ではそろそろ家元制の名人から、実力制の名人への移行を考える機運もあるような、そんな時代。

 坂田三吉は関西の将棋ファンの間では、名を轟かせている人物だ。普段は、長屋住まいで草履を拵えるくらいのことしか出来ず、妻の小春には「子どものような人だ」と言われてしまうような彼だが、小さい将棋大会に顔を出せば「あの坂田三吉さんですか」と周囲から感心されてしまうほどの強豪将棋指し。

 事実、坂田三吉はそれほどの将棋が好きであり――普段なら、深々と頭を下げて、どんな人とも丁寧に接するような誠実な人なのだが――将棋に出るためならば、家財はおろか、仏壇や、娘の着物まで質に入れてしまう始末。しかも、最近、三吉は目が見えなくなってきていて、家業の草履づくりも禄にできない状態で、妻の小春は、そんな三吉に振り回されてばかり。

 

 そんな中、ある棋戦で坂田三吉は関根という、プロの七段棋士と対局し、千日手を指してしまって、規則により負けてしまう。将棋で負かされたのではなく、規則に負かされたことに納得がいかない三吉は、関根を打倒することに闘志を燃やし、更に将棋にのめり込むようになってしまう。

 

 とうとう、うんざりした小春は――――

 

 もうそろそろ「聖の青春」が公開される頃です。「聖の青春」は、かつて七冠を取り、今でもなお将棋界のトップを争い続ける現・羽生善治三冠と、並び称された西の天才――村山聖の物語です。「東の天才」に対して「西の天才」も実は存在していたのだ、という。

 

 ……実はこの「王将」も、全く同じ映画なのだ、ということは殆どの人がご存じないと思います。

 元々、坂田三吉棋士の中では、あまり有名な棋士ではありませんでした。(もとより、棋士という存在を知らない人も昔は多かったのですが……)事実、彼の死亡記事は新聞の片隅にちょっと載っただけです。当時の世の中では、そんな程度の人。

 しかし、そんな彼が「実は、東の名人・関根金次郎とライバル関係にあるほどの男だったのだ」と世に知らしめたのが、この映画――もとい、映画の原作である戯曲――なのです。

 関根金次郎……という男は、簡単に説明して「明治の羽生善治」です。東側で名人を襲名した男であり、家元制の、誰かが代々次ぐことになっていた名人を、実力制の、実力の闘いで勝ち取るものに変えた男であり、その後、彼の弟子である木村義雄が、常勝将軍として名人の座に就くことになるのです。

 そんな男に対する「西の天才」を描いた物語が、実は「王将」なのです。

 

 こう言われると、おそらく、殆どの人はこの映画に対する見方が変わるのではないでしょうか。殆どの人は、漠然と「破天荒な将棋指し」の物語で「なんだか、爺さん世代が好んでた古臭い映画だったな」とか、そんな認識で覚えていたはずです。

 

 そんな認識のいる人ほど、一度でもいいからこの、阪東妻三郎版の「王将」は見たほうがいいです。

 まず、主人公がまったく破天荒ではありません。むしろ、主人公はとても腰が低く、なんだかお馬鹿でどうしようもないのだけど憎めない、無邪気な人物像となっています。

 そして、映画に詰まった様々な要素の数々は、どれもが現代でも通じるほどの普遍的な内容で……例えば、関根と坂田の関係性は、もう殆ど少年漫画の原型といっていいくらいです。

 初顔合わせで「千日手(=事実上の引き分け)」で終わったところから、関根と坂田、お互いにお互いをライバルと意識するところ。ライバルの中で、熾烈な一戦を交える二人、時に情けない手で卑怯に、相手から勝ってしまったという、苦い勝利の味を覚えることもあり……そして、最後に「あんたが居なければ、自分はここまで強くなれなかった」と互いに互いを認め合う姿……全て含めて少年漫画のフォーマットをなぞったかと思うほどの展開が入っています。

 なおかつ、この映画は長屋の貧乏暮らしの男が、色んな人の手に支えられながら、社会を勝ち上がっていく映画でもあります。あまり普段は頭の良い様子でもなく、目の病気を負い、今にも失明するんじゃないか、仕事もできなくなるんじゃないか、と思われていたような男が、将棋を通じて、だんだんといい暮らしを手にしていく過程――なんて、現代こそ、特に好まれている描写ではないでしょうか。

 しかも、この映画は、そんないろいろな要素を兼ね備えながらも、主軸としては、あくまでトンデモナイダメ夫を持ってしまった妻の、並々ならぬ苦労記なわけです。つまり、女性からの視点というものも、多く入っているわけです。

 なおかつ、そんな夫婦の、とても簡単には言い表せない関係性を描いた映画でもあるのです。

 

 正直、自分も鑑賞するまで、本作がこれほどまでに、現代でも通じるような内容のある映画とは到底、思っていませんでした。聖の青春が公開されるとか、将棋を知っているとか知らないとか、そんなことは関係なく、本気でオススメ出来る一作です。

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