儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:ブルーに生まれついて


Bunkamuraル・シネマ11/26(土)よりロードショー「ブルーに生まれついて」

 恒例の手短な感想から

語り尽くせぬ、大傑作

 といったところでしょうか。

 

 去年見ていたら、2016年のランキングに食い込んでいたであろうことは間違いないです。それくらいの傑作映画となっていました。ジャズトランペッター、チェット・ベイカーを描いた本作なのですが、いや、まさかここまでの傑作になっているとは。

 ある種、2015年に公開された傑作「セッション」と対極に存在するジャズ映画と言って過言ではないでしょう。セッションは「音楽の真髄」「ジャズの真髄」を結果的に見出だせない映画*1でしたが、本作は逆で「音楽の真髄」「ジャズの真髄」を見出す映画なのですから。

 まず、この映画は何が素晴らしいといっても、冒頭でしょう。メタ的な演出とも考えられる、この映画、冒頭に出てくる"ある仕掛け"は、言ってしまえばこの映画が「所詮は映画なのだ」ということを観客に強く印象づけるものとなっています。所詮、映画であり、チェット・ベイカーという人間の「ドキュメンタリー映画」や「伝記映画」を描くつもりはないのだと。

 チェット・ベイカーは、そのイケメンなマスクとトランペットの演奏技術、そして甘ったる~い歌声で人気を博しながらも、(ジャズ・ミュージシャンにはありがちですが)ドラッグで身をやつしていった、そんなジャズ・ミュージシャンです。

 そんな彼を「事実に脚色等を加えて」描くことにしたーーそう宣言するかのような"仕掛け"が映画冒頭に仕込まれているのです。実際、この映画は、あたかもチェット・ベイカーの実人生を追っているかのような映画ですが、その実、チェット・ベイカーの人生にかなり嘘を加えています。詳しい人が見たら「あれ?」と首をかしげるのは間違いないでしょう。確かに大枠では、チェット・ベイカーの人生を描いているのですが、細部を見ていくと「おかしい。そんなはずは……」と言いたくなるような部分があるはずです。

 

 しかし、そうしてでも、「チェット・ベイカーを使って描きたい物語」がこの映画にはあったのです。

 どん底まで堕ちた男が、再生し、どん底に堕ちたその男にしか出来ない「その男なりの本当の音楽」を獲得する……そんなシンプルなストーリーを描きたかったのです。チェット・ベイカーは、確かにその物語に入れる主人公として、最適な人物でしょう。

 

 チェット・ベイカーは「有名なプレイヤーは、ほぼ黒人しかいない」ーーそんな"ブラック音楽ネイティブ"しか通用しないような、バップの世界において*2明らかにネイティブとは言い難い白人でした。

 そんな彼が主人公だからこそ、彼にしか獲得できない「彼だけの音楽の真髄」があるのだという物語に、説得力が生まれ、何とも言えない感動が生まれるのです。……実在のチェット・ベイカーも、晩年になって「なんとも言えない何か」を音に獲得していたような気がしますし……。

 

 しかも、この映画はそんな「ただ心の音楽を手に入れて、ハイおしまい」という映画でもないところが素晴らしいのです。それと並行して、語られるある女性との愛の物語や、ドラッグ依存との葛藤が、なんとも切なく響くように作られてもいるのです。「彼だけの音楽」を獲得した先で、果たして彼は幸せであったといえるのか。

 普通の音楽映画ならば「本当の音楽を獲得したジャズ・ミュージシャンがいた」という話、あるいは「ドラッグにまみれたジャズ・ミュージシャンがいた」という片面だけを描いた話で終わってしまうものです。

 この映画はその両方を、同時に描いているのです。

 つまり、チェットベイカーを通じて、より様々な角度から見た「本当の音楽の姿」を描写しているのです。だからこそ、観客に「ミュージシャンが掴みたがっている、本当の音楽とは、一体なんなのか」ということを伝えることが出来ています。それは、感動したとか、泣けるとか、美しいとか、かっこいいとか、上手くできるとか、速く弾けるとか、正確に弾けるとか、音楽への愛とか、そんなものではないのです。

 もっと漠然とした、なにかなのです。

 それがハッキリと掴み取れる本作は、本当に素晴らしい音楽映画だと言えるでしょう。

*1:一応、誤解がないように付け加えると、セッションは見出すことができなかった視点からしか語れない「音楽に存在する恐ろしい事実」をまざまざと見せつけ、「音楽なんて死ね」と叫んでいる映画なのですが…

*2:バップとは、BEBOPのこと。ジャズの更に一ジャンル。一般的に言われている”小難しいジャズ”は、ほぼバップ、ビーバップのことを指している。チャーリー・パーカーマイルス・デイビスは、このジャンルの開拓者と言われている

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