儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:LOGAN/ローガン

 


映画「LOGAN/ローガン」予告E

 恒例の手短な感想から

ショック受けるほど、つまらないよ……

 といったところでしょうか

 

 面白いと思っていたんですけどね。見る前までは。

 前情報として入ってくる予告編や、設定云々の数々とそして西部劇オマージュらしいという噂……どれを取っても「面白そうだな」と興味を惹かれる内容で、これはもう映画館で見たらすぐに太鼓判押して、今年の当ブログ映画ランキングにも食い込んだりして――なんて、妄想を膨らませていたのです。

 まさか、こんなにダメな映画だとは……。

 

 本当にショックを受けすぎて、映画の良かった場面でさえ悪く思えてしまうほどに辛かったです。なんでしょう、この映画のしょうもなさというか。どうしようもない、つまらなさは。

 まず、ハッキリ言えるのは「これ、たぶんヒュー・ジャックマンが現場で相当ワガママ言ってるよね」ということです。なんというか、クライマックスの展開といい、ヒュー・ジャックマンの「俺様のためにある、俺様を盛り上げるための映画」感が半端じゃ無いんです。

 異様にヒロイズムに浸っている内容は、ハッキリ言って、ナルシスト過ぎて気持ち悪い領域に入っています。それほどに酷いです。喩えて言うなら「一時期のウィル・スミス級に酷い」のです。

 そして、その異様なヒロイズムに、ナルシズムのせいであの名作西部劇「シェーン」が見事に汚されていることに、個人的には憎悪と怒りを覚えざるをえないのです。今作は、これ見よがしに「シェーン」を長々と引用していますが、ハッキリ言います。

 本作はシェーンをまったく理解していない――どころか、正反対のことをしています。

 

「映画シェーンのなにが素晴らしかったのか」をこの映画の作り手たちは、まったく理解していないとしか思えないのです。なぜなら、シェーンは「本来ならば、映画のセオリー上、ヒーローと見做される人物が自分の死を隠し通したから素晴らしい作品足り得ている」のです。

 シェーンのラストでは、登場人物の誰も「シェーンが死ぬこと」を知らないのです。本当は重傷を負っていて、シェーンはやがて死ぬことが映画で暗示されているのですが、それでも登場人物たちは彼の死を知らない――だから素晴らしい映画なのです。

 なぜなら、シェーンは言っても人殺しだからです。

 ヒーローであっても、彼は所詮は人殺しなのです。だから、彼の死を誰にも悟らせなかったのです。誰かに彼の死を看取らせてしまったら、誰かが彼を弔ったりしたら、それは間接的な人殺しの肯定になってしまいます。

 それを登場人物たちにさせないために、シェーンはひっそりと死ぬことを選んだのです。

 

 さて、ここまで言えば分かると思いますが、本作は、それを見事に蔑ろにしています。第一に死を看取らせて、挙句に弔っています。第二にそもそも子どもたち自体が、残虐な人殺しを(それも明確に処刑と思われる描写で)行ってしまっています。

 シェーンのテーマをこの映画は、台無しにしているのです。

 この時点で、僕はこの映画を一切褒める気になりません。オマージュ元を無意識に毀損する映画なんて、どう擁護しようとも駄作としか言い様がないからです。

 

 このように、テーマの時点で相当に酷い映画なのですが、その上、脚本や撮影にも問題が多すぎるのがまた頭を抱えさせてくれます。

 まず、この映画を最後まで見て、僕が思ったことを素直に言わせてください。

「なんでもありか!」

 この映画の筋書きは、本当に、ご都合が過ぎます。理由もなく、ただ構成の都合だけで少女を延々と黙っている状態にさせ続け、これまた構成の都合で、急にベラベラベラベラ喋らせ始めたり、理由もなく構成の都合だけで子どもたちを逃げ回らせ、抵抗なく捕まったことにして、また構成の都合で子どもたちの能力を発揮させたり――もう全てがこの調子です。

「んー。この部分は、ちょっとド派手なことが起きるシーンがほしいなぁ」

「よし。プロフェッサーがやっぱ薬飲んでなかったことにして、暴走させるかー」

「どうしよう。そういえばプロフェッサーの薬ってこれ以上ない設定じゃなかったっけ」

「じゃあ、今作のラスボスでサクッと殺せばいいんじゃね?」

ウルヴァリンたち行き詰まっちゃったよ―」

「じゃあ、ローラが実は運転できる設定にして、ウルヴァリンを倒れさせてローラで病院まで運ばせようぜー」

 こんな感じのやり取りでいい加減に決められていったのではないかと疑いたいくなるほどに、この映画の話は、行き当たりばったりでいい加減なのです。

 その上、話は全体的に妙なほどにお涙頂戴もので、やたら終盤に愁嘆場が多くて、最終的に登場人物たちがテーマを演説し始める始末で「一体、君たちはこの映画をどこまでクソにするつもりなんだ?」と問い詰めたくなってしまったほどです。

 

 撮影も決して良い出来ではありません。特にクライマックスの戦闘シーンは編集の下手さと相まって人物の配置関係がよく分からない状態のまま続いていく上に、各登場人物がバラバラに行動しているので「この人は、この人から見てどっちに居て、何をやってるの?」という疑問が絶えない状態です。

 あえて言うならば、今回主役に抜擢されたダフネ・キーンの演技は良かったと思います。もちろん、基本的な今作の設定も好きです。ただ、設定が良いからこそ、活かすどころか、蔑ろにしたこの作り手たちが本当に酷いとも思いますが……。

 評価できるのはそこくらいでしょうか。あとは、評価できるのはこの映画が持つ政治性でしょうか。まあ、本作、どう見てもミュータントが移民のメタファーなのは見て分かりますから。

 ただ正直、僕は"政治的正しさ"だけで物事を評価するような、腐った人間ではないので「政治的に正しくても……」という感じですが。そもそも政治的に正しい話だからといって、映画として、物語として価値があるかというとそれは別です。

 むしろ「政治的に正しくはないが、実は倫理的には一理の正しさがある。あるいは納得できる理念がある。あるいは考えさせられる感情がある」とか、そういう話のほうが価値があるわけです。

 そういう意味でも、この映画はあまり良い映画ではありません。

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