雑記:今年の映画の傾向
12月も目前に迫ったところで、今年の映画についてある程度のまとめを記します。
今年も様々な映画が公開されましたが、どうも今年の映画全体を俯瞰したときに僕は言いたいことが出てきました。
「一体、映画はなぜこうもピンポイントで僕の好きなものを無神経に蹂躙していくのだろう?」ということです。
思えば、オズのリスペクトも薄い、それ以前に映画として話の辻褄が全く合っていない「オズ はじまりの戦い」からが始まりでした。そこから、旧ドラゴンボールの劇場版のクオリティとは比べ物にならない低クオリティで、やはり、ドラゴンボールとして云々以前に話の辻褄が合っていない「ドラゴンボール 神と神」がやってきて、僕が怒りでスーパー日本人になりかけ、留めと言わんばかりに「許されざる者」がやってくる。
「許されざる者」
クリント・イーストウッド監督の言わずと知れた名作ですが、僕の映画ベスト5に食い込んでくるほど僕はこれが好きなんです。色んな細かい場面を完璧に記憶しているし、最後の銃撃戦でのクリント・イーストウッドの死の天使ぶりに何度見ても、震えながら「かっこいい」と息をついてしまう、そんな僕です。そんな僕から言わせると、リメイク版の「許されざる者」は、なんだこれは、という映画でした。最後の決闘のかっこ悪さとか、全然「許されざる者」ではありません。クリント・イーストウッドが死の天使と化すからこそ「許されざる者」の真意が見えてくるものなのに、そこをリアリズムという名の”体の良い言い訳”で、カタルシスのないチンタラチンタラした殺陣に変えてしまう監督の手腕は「さすがファイトクラブをつまらなくしただけのスクラップ・ヘブンを撮った監督だ…」と言わざるをえないものでした。るろうに剣心の影響を指摘する評も見かけたりしましたが、「じゃあ、るろうに剣心、撮れよ。るろうに剣心でも、やっぱり、殺陣をつまらなく撮るんだろうけど」って僕は思います。この監督は根本的に「残酷さ」を表現するときに「陰惨=面白くない感じで撮ればいい」という錯誤をしていると思います。「かっこいいけど、残酷」なんて映画は世の中にいくらでもあるわけで*1、この監督はそういう映画を一つも知らないんじゃないのかと疑いたくなります。
「オズの魔法使」といい「ドラゴンボール」といい「許されざる者」といい、僕が「ここだけはやめてくれ」と思うものを綺麗にないがしろにしていく、今年の映画はある意味恐ろしいです。
しかし、同時に今年の映画は、僕自身としては悪くない、当たり年といって良いようにも思うのです。それも、分かりやすい映画ではなくて、微妙に難しい・微妙に実験的な物語だけど面白いという僕のストライクゾーンど真ん中な変化球映画がいくつも出てきたように思います。
「ももいろそらを」から始まって、「パリ猫ディノの夜」「百年の時計」「風立ちぬ」「SHORTPEACE」など、しかも、気づいてみると、なんと邦画の割合が結構高いです。ちょっと、アメリカの映画の「話作りにおける定型さ」が食傷気味であるのも原因かもしれません。譬えば、ガス・ヴァン・サントのエレファントに出てきた設定をそのまま使っている「クロニクル」とか、確かに定型の使いこなしは上手く、エンターテイメントとして一級なのだけど、POVに新しい実験を入れているようにも見えるけど*2、物語自体が今までの映画の定型すぎて、なにかが足りない気がしてしまうのです。「LOOPER」もそうでした。
一方で、一連の邦画達はなんだか物語自体が、ちょっと今までと違うのです。ほんのちょっとワンアクセント程度だけど設定が違ったりするとか、その程度の違いなのですが、それになんだか心が惹きつけられてしまいます。映像の実験よりも、物語の実験の方がなんだか今年は面白いことが多いです。これからも、注目している作品は多く公開されますし、「なんだか少し変な物語」を少しでも多く吸収して味わいたいなと思います。