儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:グランド・ブダペスト・ホテル


映画『グランド・ブダペスト・ホテル』予告編 - YouTube

 

恒例の手短な感想から。

かなり面白かったです。

 

 ウェス・アンダーソンの作品はそこそこ見ている僕ですが、今回のグランド・ブダペスト・ホテルが一番かもしれないなという評価です。前作の「ムーンライズ・キングダム」の悪い方向でのヌーヴェルヴァーグっぽさに少し鼻白んだ僕なので、余計に今回の、話の筋としてちゃんとエンターテイメントにしようとしている、グランド・ブダペスト・ホテルが良く感じてしまっている面もありますが、とにかく面白い作品でした。

 正直な話、ウェス・アンダーソン作品で、ここまでストレートに面白いのは珍しいです。どうストレートに面白いのかというと、いろんなエンターテイメント映画の基本をバッチリ抑えているという意味でストレートに面白いのです。もちろん、映画自体の表層はいつもどおりのウェス・アンダーソン調であるかのように見えます。いつもどおりの脱構築的な外しと芸術的な画面が使われているわけですから。が、しかし、ちょっと話の構成に着目してみるといつものウェス・アンダーソンとは違い、この上なく、エンターテイメントの様相をしている事が分かります。

 最初に「ゼロ・ムスタファが寂れたグランド・ブダペスト・ホテルを所持しているのはなぜか」という謎で、観客の興味を引き付けながら、回想をしていく形式などはまさに普通のエンターテイメントそのものです。回想形式で繰り広げられる話も、恋愛がありつつ、途中からは脱獄モノにもなるし、スパイ映画やミステリー映画の要素もちょいちょいと顔を見せ、最後には銃撃戦まで始まってしまいます。

 構成としては、大変にエンターテイメント寄りの構成となっているのです。

 その構成の間に、様々な場所で観客を笑わせ、怖がらせ、ヒッとびっくりさせ、泣かせることもできているわけです。この映画は世評以上にエンターテイメント映画として、見たほうが面白く感じられることでしょう。

 ネットでは、町山智浩氏がラジオで解説して以来、グランド・ブダペスト・ホテルシュテファン・ツヴァイクにインスピレーションを受けた作品であるとの批評が大半を占めるようになっていますが、うーん、それをオウムのように繰り返すだけならば、「『町山さんの批評が素晴らしかった』とだけ言えばいいんじゃないですか?」と思います。*1

 ただ、僕としては少しこの映画に引っかかるところがあるのも事実です。映画の冒頭と終わりに描かれていることが妙に引っかかるのです。しかも、ネットを浅く、探ったところ、どの感想や批評でもなぜかここに対する言及が一切ないのは不思議です。それは「この映画って、最初に出てきた少女が読んでいる本の内容を映像化しているだけだよね?」というところです。よくこの映画を語る際に、主人公は若き日のトム・ウィルソン、あるいはゼロ・ムスタファ、あるいは、グスタフと言われることが多いですが、実はこの三人とも「本当の主人公」ではないのです。本当の主人公は、最初に出てくる、トム・ウィルキンソンという作家の像に鍵を飾った少女です。そして、その少女が読んでいる「グランド・ブダペスト・ホテル」という本の中の主人公としてトム・ウィルキンソンが登場し、トム・ウィルキンソンが聞いている話の中の主人公としてゼロ・ムスタファあるいはグスタフがいる、というかなり複雑な入れ子構造になっています。

 なぜ、わざわざ、こんな複雑な入れ子構造にしてしまったんでしょう。確かに、冒頭に本を登場させて、そこからその本の物語を始めるという入れ子構造は、非常にウェス・アンダーソンっぽい話の作り方なのですが。ひょっとすると、あの少女はウェス・アンダーソンの分身ということなのでしょうか。

 ただ、こんなどうでもいい一点に引っかかるのは、正直なところ僕くらいだと思うので、他の人はこの映画をもっと単純に楽しめると思います。

*1:ちなみに僕自身は、グランド・ブダペスト・ホテルとは、ツヴァイクの「昨日の世界」という回想記自体のことを指しているのだろうと思っています。あの回想記は、まさにツヴァイクが戦争が起こっている世界のさなかで、必死で作り上げた”幻”そのものでしたから

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