映画レビュー:潜水服は蝶の夢を見る
ある男が病院で目を覚ます。男は、自分がなぜ、こんな病院で寝ているのか、記憶がおぼろげでよく覚えていない。しかも、どうやら言葉を喋れなくなっているようなのだ。次の日になって、彼を診察しに来た医師たちが説明するところ、自分は「脳血管発作が起きて、脳幹が損傷を受けてしまった」という。彼は脳発作を起こし、脳が損傷し、全身麻痺に陥ってしまったのだ。ロックト・イン・シンドローム――閉じ込め症候群。まったく原因不明のまま、目以外の身体の全てが動かなくなっていたのだ
「潜水服は蝶の夢を見る」は、そんな場面から始まる映画です。この映画で特筆すべきことは、とても多くのシーンが、全身麻痺に陥った主人公の視点のみで描かれているところでしょう。*1この映像表現により、観客は全身麻痺障害を抱えた人の感覚を疑似体験することになります。これはそういう映画です。
この映画自体は、何年か前にちょっと話題になった映画です。なので、ネットをちょっと検索すればこの映画に関する感想等も多く見かけられるのではないかと思います。ただ、この映画は今の時期こそ見る意義がある映画だと思うので、このブログで紹介したいと思います。
この映画は非常に特殊な映画です。通常、映画というものは一人称視点で描いてはいけないのですが…一人称のままだと見ている方が違和感を抱いてしまうので。しかし、この映画は、この違和感こそがとても大きなキーになっています。この映画は一人称であるがゆえに、全編を通して常にもどかしい感覚がすることでしょう。
このもどかしい感覚が重要なのです。この感覚は、全身麻痺の障害者が抱えている感覚なのですから。全身麻痺の障害者の感覚は、なかなか、健常者である私たちには理解し難いものです。この映画でも、その全てが理解できるとはいいませんが、少なくとも、もどかしい感覚を再現しているこの映画は、重大なとっかかりになると思います。体が動かないもどかしさ、自分の意思が器用に伝えられないもどかしさ、見えるものが限られるもどかしさ。潜水服にいるようなもどかしい感覚、それを体感することになる映画なのです。
もちろん、この映画の面白さは、この障害者の感覚の体感だけではありません。主人公は身体が動かせない分、まさに蝶の夢といったような、様々な想像を頭の中に広げるのですが、この想像がとても不思議なイメージが多く、それを味わうだけでも面白いでしょう。主人公は、ものすごいプレイボーイなので、この恋愛関係で繰り広げられるドラマも見どころがあると思います。
また、全身が動かなくなってしまった人の葛藤や、希望や、生き様を経て、「人生とはなにか」を深く考えることもできるでしょう。実際、この映画は、そう作られています。宗教観や人生観が、話の中に何度も登場し、何度も様々なことを見ている側に考えさせます。
これは、今の時期だからこそ、見るべきものではないでしょうか。*2ぜひ、一度、ご鑑賞ください。