儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画レビュー:砂時計

砂時計 [DVD]

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 異様な雰囲気の漂う列車の中、車掌に揺り起こされてヨーゼフは目を覚ました。「到着します」と告げる車掌。列車はもうすぐ、ヨーゼフが降りる駅に近づいているという。

 「駅からは?」と、ヨーゼフは駅から先の道のりを尋ねる。ヨーゼフの父、ヤコブが療養中のサナトリウムは駅を降りた先だから、である。

 「道順ならご自分で見つけるはず」

 そう車掌に返され、怪訝そうな表情をしながらも、席を立ってヤーコブは列車を降りていく。

 雪景色を歩いて行くと、ヨーゼフはサナトリウムへと付いた。どこか殺伐とした建物には、巨大な黒い扉があるが、開けても中には入れない。仕方なく、横の窓から足を踏み入れた。

 サナトリウムの中は、埃まみれで荒れ放題だった。

 まるで廃墟のような建物をヨーゼフは歩き回る。と、廊下の扉から、胸をはだけた看護師が出てきた。ヨーゼフは彼女に「長旅でね。部屋を予約したものだ。誰に会えば?」と尋ねる。看護師は「睡眠の時間です。先生は後ほど」と答えた。

 だが、サナトリウムはまだ夜でもないはず。不思議に思うヨーゼフに、看護師は「常に睡眠中よ。ご存じない? 夜も昼もない場所なの」と言った。

 ヨーゼフは仕方なく、サナトリウムのレストランで待つことにする。

 やがて、看護師がやってきた。「先生がお待ちです」

 

 先生と対面するヨーゼフ。当然、ヨーゼフは父が生きているかどうかを尋ねるが、先生からはなんとも曖昧な返事が返ってくる。

 ヨーゼフの父は、サナトリウムの外界からしたら、手の施しようのなく死んでいる状態で既に故人なのだという。しかし、サナトリウムの中では父は生きているというのだ。

 ヨーゼフは、先生に案内され、父の寝ている部屋まで向かう。確かに、そこにはヤコブが生きていた。

 先生曰く、このサナトリウムは時間を戻しているのだという。一定の間隔を空けて、時間を戻すことで、外からすれば、既に死んでいる彼がサナトリウムの中では生きていることになっている……と。

 

 なんとも、レビュー冒頭のあらすじ紹介だけでも、これほどに文章を割いてしまうとは……。ですが、仕方のないことです。本作、ヴォイチェフ・イエジー・ハス「砂時計」のあらすじを説明しようとなると、これくらいの分量は絶対に必要です。

 いえ、むしろ、これでも、まったく足りないのです。本作品は、それほどになんとも説明し難い内容です。まず、冒頭の列車の様子からして異様なのです。列車のわりには、蔦が車内に蔓延っていたり、裸の人があちらこちらで寝ていたり、その美術の強烈さは、一瞬で見ている人を幻惑の世界へと叩き込んでしまいます。

 原作は、一応、ブルーノ・シュルツの短編「砂時計サナトリウム」なのですが……いえ、他のブルーノ・シュルツの短編が混じり合ったりしていますし、そもそも、描写とかいろいろな面が、大胆に変えられてしまっているので原作と呼んでいいのかどうかすら分かりません。

 喩えとして通じるのかは微妙ですが、本作と原作の関係性は、鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」と内田百閒の「サラサーテの盤」のようなものと理解して頂けるといいかと思います。

 

 実際、ヴォイチェフ・イエジー・ハスの美術と鈴木清順の美術には、どこか通ずるものがあるような気もしますし……無いような気もしますが。

 

 ともかくとして、鈴木清順を喩えに挙げたことからも分かるように、本作は、非常に前衛的な内容となっています。時系列を弄っているという、登場人物の説明にもあるように、本作は目まぐるしく時間が錯綜する構成となっています。いえ、錯綜するだけではありません。「時代そのもの」も錯綜するように作られているのです。

 冒頭の展開からは、とても想像していないような、壮大な世界がこの映画には詰まっています。まるでモンティ・パイソンのスケッチかのように、トントン拍子で時代や登場人物や背景が様変わりしていくのです。しかも、その一つ一つがとても作り込まれていて、なおかつ、なんとも不気味で美しいのです。

 しかも、なにが素晴らしいって、この映画は明らかに「観客の安直な解釈」を拒否しているところが素晴らしいのです。言うまでもないですが、主人公のヨーゼフとヤコブの名前を見たら、誰もがうっかりと「聖書関連」の読み解きをしてしまおうとするはずです。

 しかし、実はそれを映画本編中のあるシーンで、ハッキリと否定するんです。この映画は。冗談めかしたようなやり方で。

 おかげで、全然この映画を読み解くことが出来ません。ここまで何も分からない映画も珍しいです。そのわりに、これだけゴチャゴチャした構成の映画だと言うのに、「伏線」が貼ってあって、終盤で急に回収しだしたりするんですから、いや、「とんでもない」という一言しか出てこないでしょう。

 そんな、ヴォイチェフ・イエジー・ハスの傑作が「砂時計」なのです。

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