儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:泣き虫しょったんの奇跡


『泣き虫しょったんの奇跡』本予告

 恒例の手短な感想から

タイトルに似合わず、中身は将棋版ロッキー!!!

 といったところでしょうか。

 

 自分が将棋ファンであることは、当ブログやツイッターにてしばしば言及していることですが、そんな将棋ファンである贔屓目を抜きにして考えても、本作は間違いなく、傑作であると言えます。

 

 本作は、瀬川晶司五段のベストセラー本が原作となっております。瀬川晶司五段は、藤井聡太七段が起こした、いわゆる「藤井フィーバー」の真っ最中に対局相手の一人として注目されたため、将棋ファン以外の方もご存知の方が多いと思いますが、社会人からプロ棋士編入した、将棋界でも珍しい経歴を持つ棋士の一人です。

 そんな彼が、いかに奨励会で将棋を挫折し、そして、いかなる経緯でプロ棋士への昇華を見せたのかーーそれを語っているのが、原作のエッセイ「泣き虫しょったんの奇跡」です。

 

 その原作である「泣き虫しょったんの奇跡」にあった魅力を、本作はこの上なく引き出していると言っていいでしょう。

 原作の魅力とは、つまり「夢を追う」という表面の薄っぺらい言葉に隠れた、夢自体に存在する過酷さや、それに情熱を持ち続けることの難しさ、夢というメリットしか強調されない概念が持つ巨大なデメリットーーそれらを含んだ上でなおも「夢を目指したい」「夢を叶えたい」と思うことの素晴らしさのことです。

 自分もまた夢を持ち、それ以外の道を閉ざして人生を生きたことのあるものだからこそ、言えるのですが、夢は呪いや希望なんて言葉で表せるほどの単純な物事ではありません。もし、そんな単純な言葉で夢を表す人が居たならば、きっとその人は世の中のごく一部しか居ない「難なく夢を叶えられた人」なのでしょう。

 そうでない人たちは、夢を叶えた人であれ、叶えられなかった人であれ、この概念がいかに単純なものでないかを知っています。

 自分という存在への葛藤や、自分の才能や経済状況や年齢という現実との板挟みの中で、自分は間違っているのではないかと何度も否定し、ある日は肯定し、楽観的になり、悲観的になり、迷い苦しみーーそれほどの苦難と蛇の道を歩みながらも、最後には、極めて単純な「敗北か勝利」の二択しか出てこない――そんなあまりにも複雑で、単純で、言い表せない物事が夢というものだからです。

 

 そして、そんな「夢という物事の複雑な現実」が素直に綴られているのが、原作の「泣き虫しょったんの奇跡」でした。 

 このエッセイに多くの人が感動したのは、間違いなく、原作の瀬川晶司五段の姿は「多くの人に共感できるもの」があったからでしょう。

 

 そして、この映画はそこを極めて的確に描いているのです。特に素晴らしいのは脚本です。この映画の筋書きは、ハッキリ言ってこの種の物語としては、殆ど完璧な出来であると言えるでしょう。正直、あるならば脚本の教科書に載せたいほどです。

 瀬川晶司五段以外にも、多数の夢破れた者たちや、夢を諦めた者たち、夢の中で葛藤した者を登場させ、その人達の願いも一身に背負って棋士を目指す瀬川五段という筋書きにした本作は、本当に見ていると「これは将棋版ロッキーじゃないか!」と叫びたくなることだと思います。

 

 おかげで、結果が分かっているはずのプロ編入試験に観客まで手に汗を握ってしまうのです。そして、心の中で「棋士になってくれ」とついつい願ってしまうのです。非常に優秀な脚本だと言えます。

 またそれ以外も、夢破れたときの瀬川五段の気持ちを表すサイケデリックな演出等に代表される全般の演出やカメラワーク、細かい時代考証まで気を使って可能な限りで当時を再現させたであろう美術設定、シンプルなロック調で統一された音楽なども、本作は非常に良く出来ており、かなり映画として面白い作品となっています。

 結構、普通の映画ファンにもオススメの一作です。

 

*1

*1:なお、本作、一番最後のカットが王将のコマを映すカットで終わるのですが、これは将棋映画の傑作「王将」をオマージュしたものかもしれません。「王将」もまた、周囲の人々に支えられながら生きる棋士坂田三吉の半生を描いた映画だからです。

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