儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画レビュー:廓育ち

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 昭和32年初秋、売春防止法が施行される一月前ほどの時期、昔から続く廓(くるわ)の住人たちは、戦々恐々としていた。廓の商売はあと僅かばかりで、廃止か、あるいは別の娯楽施設に生まれ変わらなければならない時期に来ていたのだ。

 そんな中、主人公・たみ子は医局に勤める恋人と付き合っており、恋人とどうにか一緒になることはできないか、と気を揉んでいる。

 彼女は一日でも早く廓から抜け出したいと願っていた。

 母親まで満州慰安婦であったというたみ子は、母親は行方知らずのままで、小さい頃から廓の中で育ってきた、まさに廓育ちの女だった。「女に教育なんか要らん。男を騙すことだけ覚えればいい」と教えられ、12歳のころに70にもなるヨボヨボのお爺さんを相手に、色事を覚えさせられているような有り様だ。

 

 たみ子の恋人は、もうすぐインターンを経て、医者の国家試験を受けるという。それまで結婚の話はなしにしよう、と恋人から持ちかけられ、たみ子は渋々に承諾するのだが……。 

 

 本作は先日亡くなられた、名監督・佐藤純彌監督が手掛けた作品の一つです。佐藤純彌監督、というと、薄っぺらい映画ファンからは「新幹線大爆破のような、大味な大作を撮るような監督」などと半笑いで評されがちですが、それを評している人たちが、いかにいい加減なのか――それをよく知れる作品が、本作だと言えるでしょう。

 

 本作は激しいアクションなど一つも存在していない、静かなドラマ映画です。

 廓(くるわ)――つまり、昔の売春施設に纏わる文化や、生きている人たち、その人たちに関わった人たちの様々な姿や、それぞれが抱える複雑な事情や生い立ちによって生まれる複雑な感情を描くことに焦点を当てた作品であり、全体的に佐藤純彌監督の細やかな演出が活きる一作となっているのです。

 

 特に廓の人間たちの、女なら体を捨てて当然だと下衆な考えが常識となって染み付いている人たちの異様な姿と、その中でも、なんとかマトモな人間であろうとその常識に小さく抵抗する主人公のたみ子の姿の対比は、なかなかに見事なものです。

 構成も面白く、この映画は現在と過去を交互に挟んだ構成となっており、主人公がいかにして廓の中で育ってきたかという過去と、その廓がもうすぐ終わりを迎えてしまうという現在を交互に見せることで、より、廓文化の虚しさや、絢爛に見える京都の世界の影が強くなるように工夫されているのです。

 この構成は、近年の映画で言うなら、ブルーバレンタインととても似た構成です。*1

 

 実際この映画は、売春宿の栄光と失墜という対比の裏で、主人公のカップルが結ばれ、そして、別れていく姿も描写されており、下手をするとこの構成の見事さは、ブルーバレンタイン以上なのではないか、と思えてしまうほどです。

 

 その他にも、本作には、随所に見事な人間の繊細な感情が現れており、例えば廓のお抱え代議士が警察に捕まったと知って、不思議とケラケラ笑い出してしまう主人公の姿や、主人公と対比するかのように異常に廓の生活に馴染んでいる少女の顛末などは、なんとも人間や人生の奥深さを感じられるようになっています。

 人物ドラマを見たい方にはぜひお勧めの一作です。

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