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儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:マネー・モンスター


映画『マネー・モンスター』日本版予告編

※かなり酷評です。そして、勘の良い人がこの記事を読むと、映画のネタバレになってしまう可能性大です。注意。

 

恒例の手短な感想から

ジョディ…金融に興味ないなら無理しなくていいから…

といったところでしょうか。

 

 僕はこの映画を見て、一つ確認したことがあります。それは最近、国内外問わず、いわゆる芸能系の人たちの間で、自分のインテリ性をひけらかすためのネタとして「金融」が扱われているということです。

 それは文化人的な扱いの人から、そうでない扱いの人まで様々に及んで、「金融」というものが格好のネタになっているのです。金融や、あるいは更に突っ込んで経済に対して、一体、どんな山師から仕入れてきたんだろうと思うほどに、なんだか浅い経済知識を交えつつ、金持ち批判なのか資本批判なのか物欲主義批判なのか、最終的に何が言いたいのかよく分からない――しかし、世の中を見下しているということだけはよく、とてもよぉく分かる主張を声高に言うのが妙に流行っています。

 当ブログで取り上げた「マネー・ショート」も、半分くらいはそんな部分の見え隠れする映画でした。

 で、この映画もしかりです。

 間違いなく、この映画はそういった動機で作られていると考えるのが妥当でしょう。つまり、女優ジョディ・フォスターが、映画監督に転身して「私だって、実は頭いいのよ」と言いたいがために作られただけの映画です。

 

 なぜ、そう言い切れてしまうのかというと、もうハッキリ言ってしまって、この映画は、逐一いろんな要素が取ってつけたようだからです。

 まず、この物語の最も根幹となる、金融バラエティ番組に一人の男が銃を持って乱入してくるという展開――物語の始まりにある、この展開の描写はものすごく杜撰です。詳しくは映画を見れば分かりますが、男の行動といい、男を見かけた時の登場人物たちの行動といい、全てが「ご都合」の連続なのです。「たまたま、勘違いしてくれました」「たまたま、扉が開きました」とか、そんな理由がひたすら重なり続けるだけなのです。

 この映画、その後も、たびたび物語がご都合に動いてしまうことが、とても多くて「たまたま、警察の作戦を近くで聞いてました」とか「たまたま、鉢合わせしました」とか、物語のあちらこちらで偶然の出来事が起こるので、見ていてかなり鼻白みます。

 

 そして、そんなご都合がよく見える物語の中で、展開される様々な要素――アルゴリズムによる金融取引システム、プラチナ鉱山、ヨハネスブルグ、経済、株価、ウォール街――なのですが、これら全ての扱いがなおざりです。

 確かに現実に起こっていた出来事などを交えたりしているのですが、しかし、交えたからといって、何か意味があったわけでもなく、ミステリー劇としてミスリードを誘うための賑やかしとして使われているだけだったり等々…「アルゴリズム」や「プラチナ鉱山」や「ヨハネスブルグ」自体に、なにか特別な意味が込められているかというと、まったく込められていません。

 本当に陳腐なミステリー劇のための道具として、使われているだけなのです。特にプラチナ鉱山の出来事は現実にある事なだけに、道具として使うだけの作り手の態度は、相当にイラッとさせられるものがあります。

 

 で、なぜ、このようになおざりな扱いしか出来ないのかと考えてしまうと、ようするに監督やってるジョディ・フォスター自体も、周りのスタッフたちも、みんなこの映画のメインテーマである金融のことがよく分かってないのでしょう。

 

 事実、この映画の敵役が、8億ドルも損失する経緯は相当に不可解です。あの投資で一日で8億ドルも損失って、かなり無理があると思いますが…。

 例え、高額投資して大きく株価が下がって損したとしても、株価が下がってることにすぐに気づいて、すぐに売れば、7割~6割くらいはお金戻ってくるんですけどね。株価が下がったとはいえ、買った株券の株価がゼロになることは滅多にありませんから。2000円の株価が、一日で、半分の1000円に下がって売ったとしても、半分のお金は戻ってきます。

 しかも、敵役の人、相当に株価が下がった時点でアレの株を買っていましたから、なおのこと不可解です。この人、言うなれば「元々1000円くらいの価値だったものを、500円くらいに価値下げて買ってから、2000円の価値にして売ろうとして失敗した」という悪事を働いているのですが、この場合、2000円のものが1000円の価値に下がったとしても、別に、この人は損しないんですよねむしろ、それでも利益が出ます。

 一体、こんな状況でどうやればあんな多額の損失が出るというのでしょうか。

 

 だから、本当に、作り手たちが金融取引とか、投資といったものをまったく理解してないのでしょう。「ギャンブルと同じものくらいの感覚で雑に理解している」――そう考えるしかないです。残念ながら。

 

 そして、そんな程度の理解力でありながら、一生懸命、エンドロールでウォール街に中指立てようとしている主題歌を流すのが、超絶にダサくて痛々しいのです。「中二病くさい」と言ってもいいです。ジョディ・フォスター自身としては「『サタデー・ナイト・ライブ』出身者並の強烈な金融コメディミステリーつくってやったわ」くらいの気持ちでいるのかもしれません。ん、まあ、なんと言いますか……「分かった。分かったから、君が頭良いってことは分かった。

 ……そういうことにしてあげるから」と言いたくなるエンドロールでした。

 以上です。

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