儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:殺さない彼と死なない彼女


間宮祥太朗×桜井日奈子『殺さない彼と死なない彼女』本予告

 

 恒例の手短な感想から

これほどに相性のピッタリな実写化映画は奇跡

 といったところでしょうか。



 小林啓一監督のことは「ももいろそらを」から、当ブログでは延々と作品が出るごとに評し続けてきましたが、今回の映画化については特に楽しみにしていました。「殺さない彼と死なない彼女」については、事前に原作を読み込んでいたのですが、内容からして「これを小林啓一監督に映画化させるのは、名采配だろう」と言わざるを得ないものだったからです。

 

 青春をテーマにしつつも、ただ単に「青春が良い」とも「青春の恋愛って素敵」とも言おうとしない、ひねくれたストーリーとひねくれた性格の登場人物たち、本人たちは至って真剣なのに思わず笑ってしまうヘンテコな会話と行動、そして、そんなやり取りの中でときどき浮かんでくる哲学的なテーマと背後に漂い続ける死の影――それらの要素は、今までの小林啓一監督作品で、小林監督が描き続けていたものと間違いなく同じです。

 

 ここまで小林啓一と同じことを描く人がいたのか――と、原作を読んだとき自分はとても感心しました。同時に、本作の公開が待ち遠しいな、とも思いました。

 

 

 そして、案の定、本作は極めて今までの小林啓一的な映画作品を連想でき、余すところなく原作の魅力を映像化したと言える映画になっていました。

 

 原作は「リストカット」という要素を、青春と日常の中に溶け込ませているところがとても印象的で「あぁ、そうか。リストカットも日常の行いなんだ。非日常的行為ではないんだ」と気づかされてハッとするところがあります。

 今までの小林啓一作品でも「同性愛」や「売春行為」を「あくまで日常の一つ」として描いていましたが、本作でもここをキッチリと掬い上げ、リストカットを過剰にシリアスにも過剰にコミカルにも、肯定的にも否定的にも見せず、ちゃんと青春と日常の中に存在しているんだと意識させるようにシンプルに演出して描いているのです。

 

 おかげで、観客にとって「とても異質な存在」であるはずの主人公たちのことを、次第に自然と受け入れられるようになっています。

 

 本来ならば、こういった要素をシンプルに撮るのが、いかに難しいことかは説明するまでもないでしょう。どこかで過剰にクローズアップしたり、逆に過剰に引いて撮ってしまうのが普通です。しかし、本作にはそれがないのです。

 姿勢として「あくまでリストカットは、日常の一つ」というスタンスを崩さないのです。

 

 それは本作の筋書きが、リストカットしている女子高生のみをクローズアップしない姿勢からもよく読み取れます。原作でも「殺さない彼と死なない彼女」はあくまで短編であり、同書にはリストカットしている女子高生の話以外にも、微妙に話の繋がりがある、他の青春の短編が描かれているのですが、本作はそこもちゃんと再現しております。

 

「自己愛の強くて愛を求め続ける女の子の話」「ある男子が好きすぎてその人にずっと告白し続ける女の子の話」――それらの、一見すると「殺さない彼と死なない彼女」という話とは関係がなさそうな恋愛話たちを、リストカットしている女の子の話と同じくらいにちゃんと描いているのです。

 決しておまけ扱いではなく、それぞれの登場人物たちが個人的に抱えている悩みや気持ちや考え方を丁寧に描き、それぞれの登場人物が作品内で起こったことをどう捉えるのか、どう理解するのかというところまで見せ、様々な角度と様々な価値観から全体像が見えるように「殺さない彼と死なない彼女」を描いているのです。

 

 そして、それら全てを等価で描き、一つの要素にウェイトを置かないからこそ、本作がリストカットという行為の裏――つまり「死というもの」自体を主眼に置いているのはなく、ましてや2000年代の恋愛映画のような、ただ「人が死んで悲しい」と言うことをテーマにしたい映画でもなく「それよりも大きななにか」を浮かび上がらせようとしている映画であることがよく分かるのです。

 

 小林啓一監督で映画化させたことがこれほどに正解な漫画もないでしょう。

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