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儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:ドラゴンボールZ 神と神

映画感想 酷評


映画『DRAGON BALL Z 神と神』予告編 - YouTube

※酷評。そして、いつもどおり、ネタバレ全開です。

 

 

 

 こんな書き出しから感想を始めるのもなんですが、僕は、自慢でもなんでもなく――というか、おそらくアニメファン的にも、映画ファン的にもまったく自慢にならないと思いますが――ドラゴンボールZの一連の劇場版シリーズをかなり見ている人です。特に、山内重保監督が監修・監督した劇場版は全てキチンと見ています。原作の漫画も、全巻キッチリ、中学生のときに読みきりました。GTも全てではないけれど、一応、さらう程度には見ています。GT最終回の意味不明展開に唖然としたことも覚えています。

 そんな僕なんですが、今回のドラゴンボール劇場版「神と神」は、

最低だと思いました。

 

 正直、これはドラゴンボールとしても、映画としても最低だと思います。脚本は、ネットの小説投稿サイトとかに転がってそうな、バカな中学生が書いたSSを、そのままパクって脚本にしたんじゃないのかと思う程度の出来で「とりあえず、キャラを多く出しとけばいい」「とりあえず、本編の設定を出しておけばいい」という基準だけで作り上げている、かなり低級な二次創作物といっても差し支えないと思います。ギャグの入れ方も非常にお粗末です。

 まず、何よりも文句なのは、悟空たちじゃなくて、ピラフ一味を延々と画面に出し続ける意味がまったく分からないということです。ピラフなんて、心の底からどうでもいいキャラクターを二〇分も出す意味が全く分かりません。しかも、映画本編とまったくピラフが出てくる二〇分は関係ないですし。(こんなことを言うと、ドラゴンボールファン(自称)な人たちに「ピラフを出されて感動しないなんて、ドラゴンボールファンじゃないぜ」とか言われそうな気がしますが、ピラフなんてレギュラーキャラ出されて通ぶるやつなんて、本当のドラゴンボールファンには誰一人としていませんから。

 あと、この脚本、本編と関係ない話をしすぎです。

 本編とはつまり、ドラゴンボールのキャラがバッコンバッコン戦い合うところです。ドラゴンボールを見ている人はみんな、悟空たちがアクションでバシバシ殴りあうところを見たいはずです。実際、証拠として、今までの一連の劇場版は、ほとんど、悟空たちは戦いっぱなしというパターンが多いです。あの世一武闘会で闘っているところから話が始まったり、世界一武闘会で闘うというところから話が始まったり。ドラゴンボールの劇場版なんだから、当然の話だと思います。が、なぜか、今回の劇場版では、そんなところと関係ない、どうでもいいパーティとか、ピラフ一味のすったもんだとか、食い物がどうしたとか、そういう話がずっと続いてしまいます。そんなの、別に観客は見たくないですよ。特にピラフ一味のすったもんだは、映画の上映時間を引き伸ばすために入れた、水増し要素にしか見えません。

 そして、この脚本、根本的に筋書きが粗すぎると思います。……いえ、正確には、粗いというより頭が悪すぎるという方が正確かもしれません。どれくらい酷いかというと、簡単にこの映画のあらすじを書き出すと

破壊神が地球にやってきた。彼は地球を破壊するつもりはなく、超サイヤ人ゴッドとかいう名前の人と会うために地球にやってきた。だが、なぜか、界王が地球が破壊されると騒ぎ出し、その界王の言葉を真に受けたのか、あるいは昔父であるベジータ王が破壊神に虫けらのように扱われていたことを思い出したのか、なぜかベジータは、破壊神が怒って地球を破壊しないように苦心したが、結局、魔人ブーとプリンを取り合っているうちに、破壊神がブチ切れたので、地球が破壊されることになった。それを阻止せよ、悟空!

 ですから。

 きっと本編を見ていない人にとっては、これを書いている僕が映画鑑賞中、ずっと悪い幻覚でも見ていたんじゃないのかと疑うと思います。が、本当にこんな話です。もう、頭が悪すぎです。しかも、この、ムチャクチャなあらすじを、ベジータか界王が、モロに「説明セリフじゃん」と言いたくなるようなセリフで逐一説明しているという、頭の悪さを二重に証明するようなことをこの脚本を書いた人はしてたりします。もはや「よくこの脚本で、自分の名前を堂々とクレジットしたよなぁ。さすがGANTZ原作レイプした、厚顔無恥な人は、やることが違うなぁ」と感嘆の息を漏らしそうになりました。

 もちろん、今までの劇場版だって説明的なセリフがまったくなかったとは、言いません。ですが、基本的に今までの劇場版は話の筋書きが感心するほどよく出来ていたと思います。きっちりと伏線を張っていましたし、プリンの取り合い程度ではない、もっとちゃんとした理由で戦っていたと思います。そして、ちゃんと画面だけで表現している場面もちゃんとありました。(特に山内重保監督作は、とても抽象的な表現が多く、映画ファンとしても、面白かったです)だからこそ、多少説明的なセリフがあっても許すことができました。が、今回の劇場版はその全てが駄目なので、まったく許すことができません。

 

 次に脚本以外の要素について言及しましょう。作画等の画に関してははっきり言いますが、なにこれ?と疑問を抱くほどの適当さだったと思います。僕のこの感想を見て、「ドラゴンボールの映画なんて、あんな作画だろ」とか知ったぶっている人は、今すぐドラゴンボールZ劇場版「危険なふたり!超戦士はねむらない」を見ましょう。これはドラゴンボールシリーズにおいて、最も山内重保色が強い作品なのですが、作画やレイアウトはどれをとっても素晴らしいです。僕なんかは始まりのクレーターに水が溜まって、やがてそれが凍っていく場面から、あまりの綺麗さにゾクゾクします。(ちなみに、この作品、クレジット見てみると原画に細田守が参加していたりします)ほとんどの人が気づいていませんが、ドラゴンボール劇場版は、高いクオリティの作画で作られていることがそこそこある劇場シリーズです。

 それと比べると今回の劇場版は、あまりにもレイアウトがつまらないものですし、作画的なクオリティも決して高くありません。かめはめ波等の特殊効果が驚くほど美しいのも、ドラゴンボール劇場版の良さであったりするのですが、そういった過去の劇場作品の良さはまったく発揮されていません。唯一最後の戦闘シーンの、雲を突き抜けるカット等は良かったと思いますが、それもトゥーンレンダリングのCGが動くところとかが酷すぎて、帳消しになってしまいました。あのトゥーンレンダリングはいくらなんでも、この時代に、そして、映画でありながら、あれというのはないと思います。

 

 そして、次に演出について言及します。この映画、演出もあまり褒められたものではないと思います。前述したような、説明的なセリフでベジータや界王がべらべら喋るところなどは、本来、脚本がそうであったとしても、監督の手腕で修正可能な部分であるはずです。そういったところが、まったく修正できてないあたり(ほとんど監督の経験がない方なので仕方ない面もあるかもしれませんが)監督としての能力は、この細田雅弘監督にはないと言っていいと思います。あと、なによりもこの監督の演出には、絶望感が足りないと思います。今回の酷い脚本の状態では「絶望感と言われても…」という部分があるのは僕も分かります。ですが、それにしたって、あまりにも緩い演出にし過ぎだと思います。

 今までの劇場版ならば破壊神のような強敵と悟空たちが戦うとき、悟空たちは基本的に集団戦を仕掛けて、それでもボロボロに負けていくというパターンが多かったと思います。一度仕掛けて、全員がボロボロになると、今度はピッコロが颯爽と助けにやってきて、ベジータが参戦して…と言った具合に、目まぐるしいほど戦っては負けて、戦っては負けて、それでも諦めずに悟空たちは戦っていく、という。その戦うたびにどんどんと音楽に悲壮感を増させ、苦しい状況へと追い込んでいきました。これによって、最初は高みの見物だった観客も、だんだんと引き込まれていって、ボロボロになる悟空たちに感情移入していくことができたわけです。

 が、今回の劇場版は、悟空はすぐに諦めて、なんだか超サイヤ人ゴッドだかなんだかの力に頼ろうとしてしまっていますし、くだらない五人目のサイヤ人がどうしたこうしたとかいうグダグダな展開を挟み込んでしまっていて、まったく悟空に感情移入が出来ないんです。諦めずに戦い続けるからこそ、観客はヒーローを応援できるのに、なぜかこの劇場版はそこをよく分からない力にすぐ頼ろうとするヒーローにしてしまっています。なにより、みんな劇中では最後の最後までピンピンしているので、どんなに地球が滅ぶと言われていようと「そのピンピンした体で言われてもなぁ」としか言いようがありません。

 

 最後に、もう一つ、「悟空は破壊神をも仲間にしてしまった……」というあの展開にちょっと言わせてください。

 ドラゴンボールに、そんな展開ありえませんから。

 悟空は、欺瞞だらけの嘘海賊漫画とは違って「友情・努力・勝利」なんてまるっきり信じてませんから

 悟空自身が、他の劇場版で、それ嘘だって言ってますから。

 他の劇場版くらいちゃんと観てから、脚本書いてください。

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