映画感想:マネー・ショート 華麗なる大逆転
恒例の手短な感想から
これを一般の人が見て面白いと思うのかどうかはよく分からない。
といったところでしょうか。
まず、前提として言っておかなければいけないのは、この映画は決してグッドフェローズ・フォロワー映画ではないということです。予告編を見て、例えば「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のような映画を期待している人は、ちょっとこの映画は見ないほうが良いです。
映画の内容としては、ほとんどドキュメンタリー映画のような内容だからです。一応、エンターテインメント映画として成立させるために、人間模様を描くドラマの部分も混ぜてありますが、それもかなり一応です。この映画の殆どは、奇妙な構成と経済の説明に割かれており、よって、経済をテーマにしたエンターテインメントを求めている人は、見るのを控えたほうが良いです。
奇妙な構成と経済の説明。
そうです。この映画は、単純なお勉強映画でもないのです。
難しい経済の話を、ずっと続けるだけなのかなとおもいきや、妙なところで、メタ的な場面が多く、登場人物たちが観客に向けてアレコレ説明をしてきたり、かと思えば、何の脈絡もなく、急に出てきた金髪美女が難しい経済の補足をしたり、時系列の表現が写真のスライドで示されていたりと、いろいろな場面が変にシュールなのです。
かといって、シュールさに完全に傾倒しているかというと、そうでもないです。何度も言うように、基本的には経済の話をしている映画なわけですから、それなりに経済用語も飛び交います。
そういう意味で、この映画は極めて上級者向けとなっています。経済にもある程度理解が示せる上で、このような映画芸術にも理解がある人でないといけません。そういった人はおそらくは、世の中にあまり居ないでしょう。
しかも、この映画の経済の説明が、これで完璧に正しいかというと……実は……な状態であったりもします。
この映画を見たとき、おそらく大抵の見た人はとても巨大な疑問が一つ浮かぶのではないでしょうか。
「そもそも、なんで住宅ローンをMBSなんてふうに証券化しちゃったの?」と。
まあ、そこらへんのちょっと左傾しすぎた評論家ならば「国家ぐるみの詐欺なんだー。詐欺がー。詐欺が―」で話が済むのかもしれません。が、普通の人は、それだけでは納得がいかないはずです。
おそらく、この映画を見た後でも釈然としていない人は多くいるのではないかと思います。意外とこの映画、このように経済の説明が「テキトー」なところがあるので、なおのこと納得がいかなかった人は多いのではないでしょうか。
正直、この映画、そこらへんの映画製作者側の「経済への無理解」を、映画の後半で、経済の被害を受けた弱者たちを憐れむヒロイズムや悲観論でごまかしたようにも受け取れる内容です。残念ですが。
もうちょっと、ちゃんと勉強してから物語を作れば良かったのに…と思うことしきりです。
まったくつまらないわけではないです。一応、面白さもあります。が、その面白さがあまりにも、あまりにも上級者向けすぎるのです。
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おまけ
感想記事は以上なのですが、いろいろ、偉そうに語ってしまったので、本作が取り扱った「MBS」への解説を付けておきます。
なぜMBSのような、住宅ローン証券が出来上がったのか――これは、実は根本的には地方銀行の破綻を防ぐためです。昔、住宅ローンを証券化する前の状態だと、住宅ローンを貸し付けている地方銀行には、ある”種類”のリスクがあったのです。
「この地方にいる大勢の人を雇っている、この地方の大企業が、倒産しちゃったら、大量の払えなくなっちゃったローンが発生して、銀行が一気にダメージを受けることになるじゃないか!」
という”種類”のリスクです。
上記のような状況は、だいぶ極端な例です。が、そのレベルでなくても――例えば、その地方が不景気に陥ってしまっただけでも、地方銀行は危険に晒されることになります。
ローンは払えなくなったら、全てがその場でパーです。それに対して、健全にローンを払っている人たちは、ローンなので、少しずつしかお金を返済してくれません。ローンは、払えない人は一瞬でパーになるのに、払える人の返済自体は極めてゆっくり…。
これは危ないです。
では、そのリスクを避けるためにはどうしたらいいのか……。簡単です。誰かにそのローンの権利を売ってしまえば良いのです。
「この人は、ローンを確実に最後まで払ってくれるはずなんだ。この人が最後までローンを払ってくれたときはそっちにも利益が行くよ。だから、このローンの権利ごと……高値で買い取ってくれないかな?そしたら、こっちとしても、すぐにまとまったお金があれば、誰かが債務不履行になっても、どうにかやっていけるし……」と。
政府の住宅都市開発省は、その願いを叶えるために、”政府支援企業”を通じて、銀行にローンの権利を政府支援企業に売るように推進させたのです。
ただ、とはいえ、そんな莫大なローンを買う金をどこから捻出するのかが問題になります。そこで、政府支援企業は、買った住宅ローン全体を担保にして、投資してくれるよう投資家たちに売りつけたのです。
「この住宅ローン全体に投資すれば、ローンを払った人のお金とかを一部あげますよ。大丈夫です。ローンの中身は、ちゃんと厳しい審査に通していますから」
そうです。これが"証券化"です。
そうして、出来上がった証券化された、住宅ローンたち、これが”MBS”というわけです。映画中、冒頭に出てきた銀行家が言っていたのが、これです。ちなみに、この当時のMBSにはランク等はありません。
一切、細分化せずに住宅ローン全体で一つのモノとしてまとめていたのです。
映画上でも説明があったように、この仕組み自体は1970年代から始まっています。しかし、映画の描写とは正反対にMBS自体には大きな問題はありませんでした。なぜなら、この証券は、本当に審査が厳しかったからです。
これは、簡単な話で、基準なしでローンの権利を買ったなんて言ったら、あっという間に、投資家からの信用を失い、MBS自体が上手く行かなくなってしまうためです。リスクがあるために厳しくするしかなかったのです。
問題が起きるようになったのは、2000年代からある”転機”が訪れたことです。
誰かが思いついてしまったのです。
「政府支援企業は基準を満たすローンの権利しか売ってないけどさー。僕たち民間企業としては、基準を満たさないようなローンの権利も売りたいよなー。
そうだ!これからは、”お金を返してくれそうなローンの権利”から”まず返してくれなさそうなローンの権利”までランク付けしちゃったらどうだ? それをAAA~Cまで並べて売るんだ。
で、もし誰かが債務不履行になっても、AAAから順に債券を守っていって、Cとか下の債券に投資されたお金をAAAとかに持ってくればいいじゃん。これなら、AAAやAAやAはだいぶ安全になるでしょ?
これなら基準なしでも信用されるよね? これでよりいっぱいの債券が売れるぞー」
そして、この政府支援企業が行っていた証券化を、上記の発想から、政府支援企業”以外の”民間企業が行ってしまったのです。「プライベート・ラベル」の証券化。このプライベート・ラベル証券(プライベートラベルMBSとか、PLSと呼ばれています)は、審査がものすごく緩いのです。
上記のセリフのとおり、仕組み上、AAA、AAが安全になりやすい(と考えられていた)ために、そこまで審査しなくても良くなってしまっていたからです。
そして、このプライベートラベル証券は、爆発的に生産され、かつ、このプライベートラベル証券が爆発的に売れたことで、いわゆる住宅バブルが発生しました。
どうでしょうか。この説明を読んだあとだと、マネーショートという映画が、分かったような分かってないような微妙なことを言っていることに気づくのではないかなと思うのですが…。
*1:ココらへんの話が、詳しく知りたい方は「ハウス・オブ・デット」の一読をお勧めします。このおまけも、主にハウス・オブ・デットを参考に書いています。ちなみに、もし微妙に認識が間違っているところがあったら、具体的にご指摘ください。訂正しますので…