映画感想:ドリーム
恒例の手短な感想から
素晴らしい!しかも、上品!
といったところでしょうか。
映画公開前に、この映画の邦題について一悶着あった作品ですが、そんな一悶着などどうでも良くなってしまうほどに、本作は非常によく作られている映画でした。
まず、なんといっても、この作品は上品に作られています。
まだ今以上に酷い黒人差別があった1960年代で、NASAで活躍した黒人女性たちの活躍を描く映画ということもあり、もっと分かりやすく黒人的なーー言ってしまえば、ブラックエクスプロイテーション的な演出等々が入っているーー大味な作品になっている可能性も大いにあると思っていたのですが、これは僕の高慢でした。僕の思いすごしであったようです。
本作は、去年の映画で言うならば「ハドソン川の奇跡」や、もっと言えば古い名作映画などと並べてもおかしくないような、非常に、演出も音楽もシンプルに、かつ、控えめな方向性でまとめられている映画であり、それらと並べても遜色ない、知的な映画なのです。
音楽、編集、訳者の演技、全てが60年代的な要素がよく含まれており、なんともオシャレなものになっています。特にTAKE5をサンプリングしたと思われる、この映画のテーマソングはなかなかのもので、映画の随所を地味に、しかし効果的に盛り上げてくれています。
また。この映画の、「差別」というテーマを考えてしまうと、苛烈な内容になっているのではないか、と想像してしまう人は多いかと思いますが、この映画はただ「ひどい差別があった」ということを言いたい映画でもないのです。
むしろ、世の中の多くの人たちに対して「あなたたちが見えていないものがあるのだ」と伝えたい映画なのです。それは差別だけではありません。人の功績や、活躍や、歴史などもそうなのです。
原題であり、原作小説の題でもある「HIDDEN FIGURES(隠れてしまったものたち)」には、そのような意味が込められています。
事実、この映画はーー確かに差別というテーマが軸になっていますがーーそれと同時にこの映画は「いかにして黒人女性たちは自分たちの存在を認めさせたか」あるいは「周りは彼女たちをいかなる過程で受け入れていったのか」ということを主軸に描いています。
それは映画の構成や、演出上にもよく現れています。特に、映画中でさんざんに主人公に嫉妬と差別心の絡み合った状態で嫌がらせをしていた研究者*1が、クライマックスで"あの道"を走っていく描写を入れたのは、象徴的だと言えます。
また、周りというのは白人だけではありません。「暴力だけでしか権利を勝ち取れないと思っている黒人たち」も含まれています。
そういった、彼女たちの活躍、功績によって得られる可能性を認めようとしなかった人たち全てが、彼女たちを認めていったその"過程"ーーそして、それをもたらした彼女の存在自体が「HIDDEN FIGURES(隠れてしまったものたち)」です。
実のところ、この映画は「黒人差別を見ていない、女性差別を認識していない」という話をしたいのではなく「これほどの功績*2を持っている人たちを、今の今まで君たちはまったく知らなかったのか? 知ろうとしなかったのか?」ということを問いかけたいのかもしれません。