映画感想:ズートピア
※少しだけネタバレを仄めかす部分あり。ただし大したことではない。
恒例の手短な感想から
ディズニーの暗部を皮肉る傑作ミステリー劇!
といった感じでしょうか。
おそらく、近年のディズニーの中で最も異色で、最も傑作であることは間違いないと思います。話題になってから、だいぶ経ってしまいましたが、自分が見た限りではこの「ズートピア」はそれくらいの作品だと言えます。
ハッキリ言いますが、この作品、明らかに子ども向けに作ってありません。辛うじて「誰かがハッキリ死ぬことがない」とか「終盤の展開は、さすがにユルくしてある」などの部分が子ども向けなだけで、それ以外の部分に関しては大人になってから見ないと意味が分からないものが多数占められています。
それは、序盤の子どもがやっているお遊戯会の内容を見ても分かります。
このシーン。子ども向け映画で、なおかつ、子どもがやっている設定のお遊戯にしては、やたらに血みどろのスプラッタギャグが放り込まれているのです。ここの時点で作り手から「はい。こういうのが分かる大人が見てくださいねー?」と言われているようなものでしょう。
その後の内容も近年のディズニーの中ではかなり大人向けで、人種差別的な描写や、ジェンダー的な描写が目白押しとなっていて、正直映画館でこれを見ながら「今、劇場にいる子どもの何割がこの話を理解しているのだろう?」と首を傾げてしまったほどです。
事実、分かりやすいギャグ等々のシーン以外では、わりとチンプンカンプンそうな感じで黙っていました。まあ、この内容ならば仕方のないことかなと思います。
逆に言ってしまえば、大人である自分たちが見てしまうとどハマリするほどに面白い内容となっています。
本編の内容は、ハッキリ分かりやすくミステリー劇となっています。それもそこそこ内容がノワール寄りの、闇社会を主人公たちが次々と冒険していくミステリー劇です。画面も、ところどころ、過剰に床が濡れて光が反射していたりとノワールものを意識した画面構成が見て取れる部分が多いです。
なにより、本編の終盤になって出てくるアレ。
アレ……どう見ても麻薬ですよね。*1この系統の、ミステリー劇では定番と言っていいほど、最後には麻薬が絡んでくるものですが、本作も、大人の目で見ると麻薬にしか見えないあるものが登場したりしています。
まあ、このように、非常にディズニーらしからぬ一作となっているズートピアですが、一つ疑問としてあるのはなぜこんなディズニーらしからぬことを、この映画はバンバンやりまくっているのか、ということです。
あくまで憶測ですが、この映画はどうも所々の描写からして、そもそも「ディズニーが今まで犯してきた誤ちを皮肉る」のために作られている側面があるようなのです。事実として、本編はあのように、いかにもディズニー的な「肉食動物/草食動物」というステロタイプへの挑戦とも受け取れる内容なわけですし。
評論家や、ネット上の感想でも多くの人が指摘しているように、本作、非常にいろんな箇所で過去のディズニー作品を露悪的に引用しているところがあります。
まず明らかに目につくのは、主人公二人の私服です。多くの人が指摘していますが、あの服装をパッと見てディズニーファンは絶対に「南部の唄」を思い浮かべるはずなのです。ブレア・ラビットとブレア・フォックスの服装にそっくりですから。
ちなみに「南部の唄」は、下働き(というかハッキリ言って奴隷)として働かされていた黒人のおじさん・リーマンと白人の少年・ジョニーとの交流を描いた作品です。後に「当時、黒人は差別されず、白人との仲が良かったみたいに描かれるのは困る」といったような理由で、ソフト化があまりされなくなった作品です。*2
この時点で相当に、かなり意図的なものが見えるのですが、その上更にこの映画ではしれっとレミングが出てきたりします。
レミング――ディズニーでレミング!
他の人と同様、自分もディズニー映画にレミングが出てきたことに衝撃を覚えました。ディズニーという会社にとって、レミングは最も深い黒歴史の一つだからです。ディズニーは昔「レミングの大群が、自分の種族を守るために、増えすぎると自然と集団自殺をして、数のバランスを調節し、自分の種を守ろうとする」という話を、でっち上げたいがために、レミングたちを蹴り飛ばして海に落とし、その様子を撮って、レミングの集団自殺に見せかけるという「嘘のドキュメンタリー映画」を作り上げたことがありました。
当然、この映画の作り手たちもそのことは周知のはずです。
それでも、この映画に出していました。
他にも、細かく見ればいろいろと見つかりそうなこの映画ですが、大きく騒がれているのは上記の三点ではないかなと思います。
で、なんで、こんなものをこの映画は入れてしまっているのか。
この映画は、ディズニーが今まで行ってきた罪への痛烈な皮肉をやりたがっているのではないでしょうか。
つまりはオールドディズニーへの挑戦です。これは「アナと雪の女王」のときにも、世間で言われた言説ですが、こちらの作品と本作には決定的な違いが存在しています。それは、今作は本当にオールドディズニーへの糾弾になっているということです。
自分が一度、「雑記:僕はディズニーが大好きなのだが、どうにも、僕の見ているディズニーと世の中が見ているディズニーが違いすぎる。 - 儘にならぬは浮世の謀り」という記事で指摘したこともあるとおり、アナと雪の女王が批判の土台にしていた「オールドディズニー=プリンセスストーリー」という考え方は、ジェフリー・カッツェンバーグが作り上げた嘘のオールドディズニー像でした。
そして、やはり、記事中に指摘しているようにオールドディズニーが本当に頻繁に作り上げていたのは、動物が擬人化されたアニメーションなのです。つまり「オールドディズニー=擬人化アニメーション」なのです。
だからこそ、オールドディズニーへの挑戦のために「擬人化された動物の世界」を用意したこの映画は、極めて的確なのです。本当に、オールドディズニーが犯した罪への糾弾であり、贖罪になっているのです。
そういったテーマ的な意味でも、非常に良く出来ている一作でした。