映画感想:聖の青春
恒例の手短な感想から
心配していたほど酷くなかった!
といったところでしょうか。
本当に心配で心配でしょうがなかったんです。聖の青春に関しては、構想や、脚本に掛ける時間が長過ぎることや、監督のインタビューを読むたびに「原作と相当に違うものになっている」こと、そして予告編の「無意味に感動を押しまくった内容」など、不安要素がどんどん増えていくばかりだったので、本当にこの映画は大丈夫なのかと、不安で仕方なかったのです。
その心配は、本編を見て晴れました。
合格点です。少なくとも、映画としてクリアしてほしい最低ラインを、この映画は上回ってくれています。特に、素晴らしいのは、今までの森義隆監督作品の中でも、圧倒的に、説明が少ないことです。説明的な演出、説明的なBGM、説明的なセリフ……それらが見事に省かれています。
そして、心配していた感動押しまくりの内容も、予告編だけの話で、映画本編は非常に静かです。あくまで最低限の場所に、音楽を付けるだけなのです。特に、この映画の対局シーンはほとんどが、BGMなしの状態で、自然音と駒の音だけが静かに流れるようになっています。安易な感動演出など、微塵もありません。
主人公である、村山聖の死すらも、あくまで淡白に描いています。
ここがもう、今までの森監督からすると、信じられないほどによく出来ていて……。
正直、個人的にはこの「聖の青春」は、森監督の代表作扱いされることも多い「ひゃくはち」よりも、好きな作品です。それほどに、今までの森監督作品からすると、演出の方向性が違うのです。
これは、端的に言って「聖の青春」が対局の魅力をそのまま引き出そうとしているからだ、と考えられます。
どういうことかと言いますと、こういったボードゲーム類の対局は、非常に映画との相性が良いのです。実際、トランプカードでの勝負がクライマックスにやってくる映画は多いでしょう。それほどに、映画的として上質な演出をつけやすいのです。ボードゲーム類の対局には。
対局は、静かに行われるものです。しかし、静かだけれども観ている側は、なんだか、対局している人の姿に熱いものを感じて、応援してしまうものなのです。一手ごとに増していく、緊張感や、独特の空気感、BGMの無い中、自然音だけで醸し出される興奮は、まさに映画に求められている表現や演出方法と合致します。
この、対局の魅力を引き出すという部分に、成功しているからこそ、この映画は十分な出来になっているのです。
そして、この対局の魅力を支えているのは、監督の手腕のみではなく、俳優の松山ケンイチと東出昌大の両名の演技も大きな要素として入っているのは明白です。やはり、対局している者同士が、いかにも本物っぽい仕草で、本物であるかのような空気感と緊張感を意識出来なければ、監督がどんなにいいカメラワークや演出で撮ろうが意味が無いのです。
ですからこそ、この映画が面白いのは、本当に本人そっくりで、なおかつ、モノマネではない、しっかりとした演技に消化している二人の演技のおかげだと、断言できるでしょう。
もちろん、改善点がないわけではありません。今までの森監督作品の中では、説明を省いている方ですが、しかし、それでもなんだか説明的だったり、妙に変なところで過剰だったりする森監督の今までどおりの演出も入ってはいます。
特にこの映画は序盤に、妙な説明的なセリフが多く、映画を見始めた最初は自分も、一瞬がっかりしそうになってしまったほどです。中盤に入ってからは、そんなセリフはほとんど登場しませんし、気にならなくなるのですが。
また、この映画、微妙に話の構成に難があるような気もします。いえ、基本的なことは守れているのですが、なんというか、実は一部の話が「これ、この映画に必要でした?」あるいは一部のシーンが「この謎のカットを挟む意味は?」という状態だったりで、なんとなく散漫な印象があるのです……ここは、ハッキリダメだったかもしれません。
ただ、まあ自分としては「もっと酷い出来でもおかしくない」と考えていたので、この程度ならば許容できます。
それと、自分は気にならなかったのですが、深い将棋ファンの中には、だいぶいろいろな事実が混ざり合ったり、演出や、構成のために、微妙にズレていたりするところを気にする人もいるかもしれません。
ですが、これはこのブログで紹介した「王将」もそうでしたし、映画にする以上、ある程度の時系列操作は必要なものなので、個人的には、全然、許容できる範囲です。
つまり、本作、普通に1800円払って見る分には、十分「値段分は元が取れた」と思える内容になっています。その点は安心してください。
--------------------
オマケ
感想自体は以上になるのですが、ちょっと個人的に言いたいことがあったので、オマケを……。
これは個人的なオススメになってしまうのですが、自分はこの映画を鑑賞した後で、この本を絶対読んだほうが良いとオススメできる一冊があるんです。もちろん、原作の書籍のことではありません。
彼の名局集「村山聖名局譜 」です。この本は、生前、村山聖九段が死期を悟って、映画に登場している荒崎のモデルになった先崎学九段に、自戦記の代筆を依頼したことで、彼の死後に出来上がった書籍なのですが……。
実はこの本、先崎学九段と一緒に羽生善治三冠も、執筆しているのです。
それも、ただの執筆ではありません。二人による対談形式で「村山くんはこんな人だったよね」「そうでしたね」とフランクに語らいながら、村山聖九段の棋譜を解説していくという内容の書籍になっているのです。
これを読めば、この映画が更に面白く感じられることは間違いので、ぜひ読んでみてください。