儘にならぬは浮世の謀り

主に映画の感想を呟くための日記

映画感想:ジョーカー


『ジョーカー』心優しき男がなぜ悪のカリスマへ変貌したのか!? 衝撃の予告編解禁

 恒例の手短な感想から

もはや、一つのデカダンスな犯罪映画

 といったところでしょうか。

 

 巷での評判も相当なものになっており、自分としても興味を抱くところがありましたので、「ジョーカー」鑑賞してきました。いや、これかなり素晴らしいですね。とてもハングオーバートッド・フィリップスが監督脚本したとは思えない、上品なデカダンス映画となったのではないでしょうか。

 個人的にはダークナイトより本作のほうが遥かに好きです。

 象徴的な話に終始し、善も悪も全てが「お空の上の出来事」という描かれ方でしかなかったあの作品とは違い、本作「ジョーカー」はなんとも地に足の着いた作品だと言えるでしょう。

 

 鑑賞前はジョーカーという、過去のバットマン映画たちによって若干超然とした存在にまで昇華してしまったキャラクターの微細な生い立ちを見せてしまうことは、彼のキャラクターを破壊しかねない危険なことなのではないかと危惧もしていたのです。が、それは杞憂に終わりました。

 それほどにジョーカーという本作が、強烈に新しいジョーカー像を描けていた――というわけではありません。むしろ、本作は新しいジョーカー像を描くことをやめているといえます。本作は、その代わりに、彼がジョーカーになる前の姿に力強いキャラクター性を与え、そこでストーリーを生み出しているのです。

 

 早い話が、ジョーカーという便利なアイコンでありキャラクターを、本作はほぼ放棄したのです。ジョーカーなしでも成立できる物語を紡ぎ、その物語の強度で今までのジョーカー像に対抗しよう、という「ドラマ映画」として真っ当な手段で、真正面から今までのジョーカー像に殴り込みをかけたのが本作だと言えます。(同時に、これはアメコミ映画の文脈としては「ある種の反則技」でもあります。キャラクターという枠組みの中で映画を作る、お約束事を捨てているのですから)

 

 実際、本作はジョーカーというキャラクターや、バットマンの設定もろもろを、別の設定に置き換えたとしても成立する話になっています。極端なことを言ってしまえば、本作はハッキリ言ってアメコミ映画ではなく、もはや一つのデカダンスな文芸の犯罪映画になってしまっているのです。

 

 奇妙な生い立ちを持ち、脳の障害を抱えた主人公が、歪んでいく世の中で徐々に歪みに飲み込まれたようにも、あるいは生来の本性がだんだんと現れてしまったようにも見え、そして、救いといえるものなのかさえ、よく分からないものを掴んでしまった映画――あらすじだけ聞いても、本作がダダ的な文芸の薫陶を受けた映画であることは瞭然です。

 そういった類の映画であることは間違いがないでしょう。

 

 実際、作り手にもこれが文芸的である自覚があるのか、極めて、各々の描写に映像的な比喩が多用されています。例えば本作、主人公のアーサーが、なにか一つ悪に染まっていくたびに、必ずアーサーが階段を降りていく描写が入るようになっています。

 嘘だろうと思った人は、ジョーカーとして目覚めた後、刑事たちが後ろで待ち構える中アーサーが踊っていた印象の深いシーンを思い出してください。――あのシーンでも、アーサーは「階段を降りて、その先の踊り場で」踊っていましたね。

 

 これは日本人的に分かりやすく言うなら、芥川龍之介羅生門」のラストと同じ意味合いの描写です。アーサーは階段を降りるたびに、一つ一つ、人間として”堕ちても”いたのです。

 

 そして、様々な箇所で話題になっているアーサーが突如として、冷蔵庫の中に入ってしまうシーン――このシーン、噂ではホアキン・フェニックスがアドリブで急にやりだしたことで作り手としても意図していないシーンかもしれないそうですが、それでも、一つだけ確実に言えることがあります。それは、ホアキン・フェニックスのアドリブにしろ、作り手の意図にしろ、本作には「こういった抽象的、比喩的な行動のアドリブが必要な作品なのだ」と感じていたということです。

 

 本作がいかに文芸的な作品として、意識した作りになっているのかは、この点でも非常によく分かります。

 そして、その文芸的な作品として、本作はとても完成度が高いのです。脚本は緻密で、一つ一つの細かいやり取りが後々の描写と結びつくように作られており、そして、そこに描かれている人間のドラマはとても複雑な感情を覚えます。

 撮影も見事で「カメラのピントをどこに合わせ、どの深度で撮るか」というそんな細かいところまで、よく計算され、映画のそのシーンをより深められるように構築されています。

 演出も抜け目がなく、一瞬違和感を覚えるような変な演出も、実は後々のシーンで「あぁ、そのためにわざわざおかしな演出にしたのか」と納得できるような仕掛けがいくつも施されています。

 

 冗談抜きで、普通に映画として飛びぬけた出来の傑作です。

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